執筆者:弁理士 下井功介
テック企業にとって有益な、注目技術に関する情報が特許庁から公開されました。
このコラムは、特許庁が公開する、市場創出・拡大が見込まれる5つの最先端技術テーマについての分析結果(令和6年度分野別特許出願技術動向調査結果 1 )を紹介するものです。
1.特許出願技術動向調査の概要
2025年4月、特許庁は、市場創出・拡大が見込まれる5つの最先端技術テーマについての分析結果(令和6年度分野別特許出願技術動向調査結果)を公開しました。特許出願技術動向調査とは、特許庁が実施するもので、それは「注目度の高い技術テーマを対象に、その特許出願動向等を調査して技術トレンドをつかみ、日本の研究開発の方向性を見定める 2 」ことに資することが期待されています。この調査に用いられる特許出願情報は、「いつ、どのような技術が、どの国籍の誰によって、どの国へ出願されたか、を示す知識の宝庫」となっております。
そのため、調査結果は、テック企業にとって、例えば自社製品への応用や共同開発を通じた新規事業の立ち上げ等を検討する際に、有益な情報であると考えています。
2.「令和6年度分野別特許出願技術動向調査結果」の紹介
今回公開された調査結果の概要(技術の概要を含む)は、特許庁のHPをご覧いただければと存じます。
過去に特許庁において技術動向調査に携わった経験がある筆者としては、調査結果(報告書)の内容うち、特に「提言」(に類する)部分が示唆に富んでいると考えています。そのため、ここでは、今般分析された各技術において、どのような提言がなされているかに着目して紹介したいと思います。
(1)「ペロブスカイト太陽電池関連技術」における提言(一部抜粋)3
提言1:
結晶シリコン太陽電池のサプライチェーンは、2022年末では、原料からウエハー、セル、モジュールまでの全てにおいて、中国が80%以上のシェアを占めている。
日本は、ペロブスカイト太陽電池についての、経済安全サプライチェーンの確保を目指し、自国で賄えるヨウ素などの原材料の確保や、基盤となるセル技術から量産を目指す製造工程を含むサプライチェーンの構築技術の確立に力を入れている。
特許出願動向調査の分析結果のうち、輸出を視野に入れた知財権を確保する国際パテントファミリー(IPF)ベースの分析によると、日本は、原材料確保技術(経済安全保障技術)、サプライチェーンの3技術(セル技術、モジュール化技術、生産技術)の全てにおいてシェア1位で強みがある。
しかし、2019年以降を対象としたIPF分析では、日本のサプライチェーンの優位性に影響をもたらす可能性のある技術として、PIN構造(セル技術:セル構造52)、オール無機(セル技術:ペロブスカイト層材料)、容器(モジュール化技術:セル封止技術)、ペロブスカイト層形成工程(生産技術:製造工程技術)において、中国の追上が始まっている兆候が確認できている。
日本は、2019年以降急増している技術の特許出願動向を注視し、主導的な立場を確保できるよう、引き続きの技術開発を進めていく必要がある。 このように中国の追上が急な状況の中、知財権侵害に対応できる出願も重要となる。具体的には、特許侵害を検証しやすい特許、例えば、電極、モジュール構造、セル接続・配線など外から見て明らかに優位性を確認できる特許の出願を重視することが重要である。特に、電極は総件数も多く、日本のシェアが高いことから引き続き特許侵害の確認性を意識した出願をすることが重要である。
一方で、ペロブスカイト太陽電池セルの堆積技術・材料技術、セル封止工程技術などの生産技術等のノウハウとして扱った方が良い技術は、特許出願を行わないなどのメリハリも重要である。
(2)「偏光板関連技術」における提言(一部抜粋)4
日本は、偏光要素(直線偏光子、位相子)を始め、偏光子保護フィルム、接着剤、粘着剤、表面処理フィルム、離型フィルムなど偏光板関連フィルム分野で強い材料技術、光学技術を持っている。これらの総合力をいかして、日本企業の強みを発揮できる「匠」と呼ばれる偏光板関連技術に更に磨きをかけ、光の高利用効率化、高コントラスト化、透過率向上、高精細化、高色相再現化(広帯域化)といった光学的技術課題に、より一層取り組むことが重要と思われる。
(3)「可燃性冷媒を用いたシステム (漏洩対策、圧縮機の制御等)」における提言(一部抜粋)5
可燃性冷媒を取り巻く全体概形
・現在、温室効果ガス削減のために各種冷媒の使用規制が強化されている中、冷凍空調機器における低GWP冷媒の使用に向けて、可燃性冷媒の使用条件の規制は、各国で緩和の方向にある。世界における可燃性冷媒を含む冷媒、冷媒関連機器・システムの市場規模は実績値、予測値ともに年々増加しており、今後も継続的な成長が見込まれる。
・可燃性冷媒に関する機器・システムのパテントファミリー件数は、2005年~2022年にかけてグローバル的に増加傾向にある。日本は、2005年時点から多くの出願がなされており、他国に先駆けて可燃性冷媒を用いたシステムの技術発展を推し進めてきたことを伺えるが、近年のパテントファミリー件数は、特に、欧州、中国において急増しており、日本に迫りつつある。冷媒種別では、R1234yf、R32、プロパン、アンモニア関連の件数が多く、国際パテントファミリー単位での特許出願件数、および論文発表件数はいずれも増加傾向にある。冷蔵冷凍機器、車両空調を中心に使用される可燃性冷媒のR1234yfについても同様に増加傾向を示しているが、有機フッ素化合物(PFAS)に対する規制が強化されており、特にPFAS の包括的制限に向けて議論されている欧州では今後、R1234yfが規制対象となる可能性がある。
・可燃性冷媒を用いたシステムにおいては、冷媒の国際的な規制動向を注視する必要があるが、可燃性冷媒の使用条件の規制緩和、世界における冷媒、冷媒関連機器・システムの市場規模の拡大を好機に、日本では、これまでの技術開発を生かして技術競争力の維持向上を図ることが望ましいと考えられる。その際に、今後欧州地域において低GWP冷媒の一部についても規制の可能性があるように、特にグローバルな研究開発・事業展開にあたっては、HC系等の自然冷媒への転換も視野に入れる必要があると考えられる。
(4)「mRNA医薬」における提言(一部抜粋)6
【提言 1】本分野における技術開発、及び研究人材の育成を促進するための取り組みのよりいっそうの充実を図るべき
市場環境調査で示された通り、mRNA 医薬の開発パイプラインの数は米国に大きく水をあけられている(第2章市場環境 第2節)。また、特許動向のパテントファミリー件数の調査結果から明らかになった通り、日本の出願件数は米国、中国、ドイツ、韓国に次いで5位だが、1位の米国と比べて日米欧中韓への出願件数は1/20程度となっており非常に少ない(第4 章特許動向 表 0-4-2)。一方で、市場環境調査の主要なmRNA 医薬開発企業の事業戦略の分析において、深掘りを行った Moderna、BioNTech、Arcturus の 3 社のいずれも、注目度の高い論文に先行して注目度の高い特許の出願がなされており、さらにそれらの特許出願とタイミングを同じくして複数のパートナリングを結んでいる傾向が見られている(第 2部市場環境 )ことからも、開発の進展のためには先行する特許出願が重要となる可能性が考えられ、今後 mRNA医薬関連の特許出願を増やすことが本領域の研究開発の進展のために重要と考えられる。
(5)「メタバース時代に向けた音声・音楽処理」における提言(一部抜粋)7
提言1:
音の伝達に付加価値を与えるための技術開発を継続し、日本が今後も存在感、影響力を高めていくことが必要である。
音声・音楽処理技術においては、音をどのように聴取者へ伝達するのか、という視点が重要である。その基礎的な技術として、音像定位技術、音場再現技術がある。特許出願動向を見ると、音像定位技術、音場再現技術ともに毎年一定の量の特許出願が確認できる。また、研究開発動向を見ると、論文発表件数も毎年一定量が確認できる。
これらのことは音の伝達に対して付加価値を与えるための研究開発、技術開発活動が常に行われていることを示している。音場再現・音像定位技術に関する特許出願人のランキングでは、日本からの出願が多くなっていることから、これらの技術において日本は既に一定の存在感、影響力を持っているものと推測される。今後、音の伝達の場面はメタバースを始めとして広がっていくと考えられることから、この点 の研究開発、技術開発活動を今後も継続し、日本の存在感、影響力を高めていくべきである。
3.CIC Fukuokaから新たなイノベーションを
CICは、「イノベーションの発進基地 8 」であり、多くのテック企業が入居されています。そして、今回ご紹介した注目技術は、イノベーションの卵と言えるのではないかと考えています。
特許庁は毎年度、技術動向調査を実施しておりますので、今回ご紹介した技術以外にも、多くの技術が扱われています。そのため、今回ご紹介した技術にご関心がない企業様であっても、一度、過去の調査結果 9 を眺めておくことが良いのではないかと思います。
このコラムが、CIC Fukuokaでの話の種となり、新たなイノベーションの創出に繋がっていくことを願っています。
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<出典一覧>
- 特許庁、『【令和6年度分野別特許出願技術動向調査結果】「ペロブスカイト太陽電池関連技術」等において日本が強みを有していることが示唆されました』、2025年4月公開、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/2024theme.html ↩︎ - 特許庁、『特許出願技術動向調査について』、2022年4月公開、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/doko.pdf ↩︎ - 特許庁、『令和6年度 特許出願技術動向調査報告書(要約)-ペロブスカイト太陽電池関連技術-』(P44以降参照)、2025年4月公開、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/2024_01.pdf ↩︎ - 特許庁、『令和6年度 特許出願技術動向調査報告書(要約)-偏光板関連技術-
』(P46以降参照)、2025年4月公開、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/2024_02.pdf ↩︎ - 特許庁、『令和6年度 特許出願技術動向調査報告書(要約)-可燃性冷媒を用いたシステム (漏洩対策、圧縮機の制御等)-』(P79以降参照)、2025年4月公開、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/2024_03.pdf ↩︎ - 特許庁、『令和6年度 特許出願技術動向調査報告書(要約)-mRNA医薬-』(P128以降参照)、2025年4月公開、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/2024_04.pdf ↩︎ - 特許庁、『令和6年度 特許出願技術動向調査報告書(要約) メタバース時代に向けた音声・音楽処理』(P67以降参照)、2025年4月公開、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/document/index/2024_05.pdf ↩︎ - CIC、『CICを知る』、
https://jp.cic.com/about/ ↩︎ - 特許庁、『特許出願技術動向調査』、2025年4月25日更新、
https://www.jpo.go.jp/resources/report/gidou-houkoku/tokkyo/index.html ↩︎
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