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コラム

COLUMN

お菓子のかたちと立体商標~商標の識別力は商品・役務との関係でみる~

知的財産

2022.04.15

執筆者:弁護士・弁理士 原 慎一郎

1 「きのこの山」と「たけのこの里」

2018年3月30日に株式会社明治のチョコスナック菓子「きのこの山」の立体的形状が商標登録されたのに続き、2021年7月21日には「たけのこの里」も立体商標としての登録が認められることとなりました。子どものころからの一消費者として素直によかったですねという気持ちです。

 「きのこの山」は、1975年、まだ板状・棒状が主流であった当時のチョコレート市場において、かさ形のチョコにクッキーを挿してきのこに見立てるという新しい着想で生まれました。続いてその4年後の1979年には、円錐型のクッキー生地に二層のミルクチョコレートをコーティングしたたけのこ形状のチョコスナック菓子として「たけのこの里」が発売されました。それ以来、「きのこの山」と「たけのこの里」は、姉妹品として40年以上にわたりヒットを続け、現在でも年間合わせて30億円近い売上高を維持するベストセラー商品であることはよく知られるところかと思います。

(引用元:㈱明治WEBサイト「きのこの山/たけのこの里」https://www.meiji.com/100th/kinotake.html

 明治は、この爆発的ヒットを受けて、「きのこの山」と「たけのこの里」の形状そのものを財産として守っていく必要があると考え、模倣品が出たときはすぐに警告状を送るなど厳しく対応していたそうです。しかしながら、まだ立体商標制度がなかった日本ではその形状そのものに基づいて権利行使することは容易でなく、商品のネーミングやパッケージ・デザインが類似しない限り、模倣品への対応は非常に困難なものでした。

2 立体商標としての出願

 そのような状況の中、これまでは平面商標のみが保護対象とされていたところ、平成8年法改正によって「商標」の定義の中に「立体的形状」が明記され、1997年4月1日から日本でも立体商標制度が導入されることとなりました。

 明治は、すぐに「きのこの山」、「たけのこの里」をはじめ「アポロチョコ」、「サイコロキャラメル」などを含め、ヒット商品やその包装の立体的形状を30件ほど立体商標として出願しました。ところが、これに対する特許庁の判断は、ほぼすべての出願について“識別力がない”という理由で商標登録を認めないというものでした。明治は、2015年8月24日にも再び「きのこの山」の立体的形状について商標出願しましたが、やはり同じく“識別力がない”という理由で登録を拒絶されています(商願2015―080606)。「きのこの山」の立体的形状は2017年6月20日の3度目の出願でようやく特許庁により商標登録を認められることとなりますが、その審査の過程でも審査官から“識別力がない”という拒絶理由通知を受けています(商願2017―081777)。

 「たけのこの里」は2018年5月29日の2度目の出願で立体商標としての登録を認められていますが、その審査でもやはり同様に“識別力がない”との拒絶理由通知を受けています(商願2018―071264)。

(商願H09-101448)
(商願H09-101451)
(商願H09-101452)
(商願H09-101453)
(商願H09-101461)
 (商願2015-080606)
(商願2017-081777)
(商願2018-071264)

3 “識別力がない”とは

⑴ 「きのこの山」や「たけのこの里」の立体商標の出願に対する特許庁の拒絶理由は、いずれも商標法3条1項3号に該当するというものでした。

 同号の規定は、以下のとおりです。

※商標法第3条第1項
 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
・・・(略)・・・
三 その商品の…形状…を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標

⑵ 商標法3条1項3号の趣旨については、最高裁判決において、以下のように述べられています(最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決)。

「商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは,このような商標は,商品の産地,販売地その他の特性を表示記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。」

※ これを受けて、一般的には、「独占不適商標」と「自他商品識別力欠如商標」の2つの類型が3条1項3号に該当し、識別力がないものとして商標登録を拒絶されることになると説明されています。

⑶ 特に、チョコレート菓子の立体的形状に関しては、その取引の実情につき丁寧な事実認定を行って識別力の有無を検討した事例があり、そこで知財高裁は次のように述べています(平成19年(行ケ)第10293号審決取消請求事件)。

「…チョコレート菓子の選別においては,多くの場合,第一次的には味が最も重要な要素であるといえるが,同時にその嗜好品としての特質からチョコレート菓子自体の形体も外形からチョコレート菓子の識別を可能ならしめるものとして取引者・需要者の注目を引くものと見ることができるのであり,このことはチョコレート菓子の形体に板状タイプ,立体形状タイプ,立体装飾タイプなどがあり,各製造業者が様々な立体模様等を採用して独自色を創出しようとしていることからも容易に窺うことができるところであり,ここにおいてはチョコレート菓子の外形,すなわち形体が,美感等の向上という第一次的要求に加え,再度の需要喚起を図るための自他商品識別力の付与の観点をも併せ持っているものと容易に推認することができるのである。このように見てくると,嗜好品であるチョコレート菓子の需要者は,自己が購入したチョコレート菓子の味とその形体が他の同種商品と識別可能な程度に特徴的であればその特徴的形体を一つの手掛かりにし,次回以降の購入時における商品選択の基準とすることができるし,現にそのようにしているものと推認することができる…。」

(国際登録第0803104号)

4 明治の反論

明治は、2017年に3度目の「きのこの山」の出願をするにあたって、審査を受ける前にあらかじめ特許庁に対して、上申書で、上記各判例を引用しつつ、

  1. 「きのこの山」の立体的形状は、「独占不適商標」にも「自他商品識別力欠如商標」にも当たらないから、識別力は肯定されるべきものである
  2. 仮に識別力が乏しいとしても、長期かつ大規模な使用事実に照らせば、商標法3条2項により登録を認められるべきものである

といったような主張を行っていました。

※商標法3条
・・・(略)・・・
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。

 担当審査官の判断は、3条1項3号に関してはやはりチョコレート菓子に通常採用され得る商品の形状を表したものにすぎず識別力は認められないという否定的なものでしたが、その一方で、3条2項の適用のために、①本願商標に係る商品の生産数、販売数、シェア、②広告宣伝費、③需要者を対象とした出願商標の認識度調査を示す資料を補充するよう求める「物件提出命令書」(商標法77条2項・特許法194条)が同日付けで発出されていました。

 明治は、これを受けて、上記の①と③に関連する過去6年の売り上げ、販売数量、「きのこの山」と「たけのこの里」のシェア率を示す資料を提出して、「きのこの山」の立体的形状は、40年以上も日本全国で継続的に「チョコレート菓子」に使用され、年間30億円近い売上げを毎年継続して販売しているロングセラー商品の形状であって、全国的な認知度も90%を超えている旨の主張を行った結果、3条2項の適用によって、ようやく商標登録を認められることとなりました。

 「たけのこの里」でも同様の審査経過を辿り商標登録されています。

5 お菓子の立体的形状の識別力

⑴ 以上のとおり「きのこの山」「たけのこの里」の立体的形状について、最終的には3条2項の適用によって明治は商標登録を得ました。拒絶理由での3条1項3号該当性に関する担当審査官の判断枠組みや当てはめについては、明治側にもさらに反論したい部分が多分にあったのではないかと推測されますが、この点に関しては明示的には争わなかったようです。

 ただ、3条2項は3条1項3号に該当することを前提として適用される規定ですから、特許庁としては2017年出願の「きのこの山」の立体的形状と2018年出願の「たけのこの里」の立体的形状のいずれも同号に該当するとみており、「チョコレート菓子」の立体商標の識別力に関する特許庁の非常に慎重な姿勢が窺われる点には注意が必要です。「チョコレート菓子」のようにペースト状の原料をモルダー等に流し込んで成型する菓子類には、見た目にも工夫を凝らした多様な商品が存在するところ、その立体商標の商標権の効力は、例えば飴、グミ、アイスクリームといった他の菓子類の立体的形状にまで及んでいく可能性があることへの配慮があるものと思われます。

 なお、明治は、2015年に「きのこの山」の立体的形状について、米国でも立体商標の出願をしていますが、こちらは問題なく登録を受けています。

(米国商標登録第4917610号)

⑵ ところで、立体商標であっても、その識別力は商品・役務との関係によって相対的に判断されることになります。したがって、例えば、いわゆるレゴブロックの形状は、「組立ておもちゃ」の商標としては識別力に乏しいかもしれませんが、「家庭用テレビゲームおもちゃ」の商標としては問題なく登録を受けることができます(登録第4566490号)。フォックス・テリア犬を模した立体的形状も、例えば「ペットフード」の商標としては識別力に問題があるかもしれませんが、「レコードプレーヤー」の商標としては登録を受けることができます(登録第4376223号)。

 したがって、商品・役務との関係を見ることなく「立体商標は識別力が弱いから、使用しても他人の商標権の侵害にはなりにくい」などと安易に考えるのは適切ではありませんので注意が必要です。

(登録第4566490号)
(登録第4376223号)

以上

(2022年4月執筆)

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