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コラム

COLUMN

フリーランスとの契約、今のままで大丈夫?

人事労務

2021.09.02

執筆:弁護士 柏田剛介

                                      

1.はじめに

 日本においても、ギグエコノミー(インターネットを通じて短期・単発の仕事を請け負い、個人で働く就業形態)の進展などにより、フリーランスとしての働き方が広く浸透しつつあります。こうしたフリーランスの方が安心して働ける環境を整備する観点から、政府は、令和3年3月26日、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(以下、「本ガイドライン」といいます。)の内容を確定し、公表しました。
本ガイドラインは、事業者とフリーランスとの取引について、独占禁止法、下請法が適用され得る行為の類型や、労働関係法令が適用される場合を明らかにし、実効性のあるフリーランス保護を図ろうとして、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、 厚生労働省連名で策定されたものです。
 本ガイドラインは、フリーランスと取引をするすべての事業者に関係するものであり、今後、行政処分等の制裁措置も積極的になされる可能性が高まっています。そのため、フリーランスとの取引を行っている事業者は、その内容を理解し、現在の対応に問題がないか、確認する必要があります。なお、本ガイドラインでは、フリーランスを、「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、 自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者」を指すとされており、本稿でもこれに従っています。
 本稿では、紙面の都合上、本ガイドラインの中で、特に、書面交付に関するもの、独占禁止法及び下請法上問題となりうると指摘されている12類型の行為の概要をご説明し、最後に、独占禁止法に違反した場合の処分についてご説明させていただきます。
 なお、本ガイドラインの本文は、公正取引委員会等のウェブサイトで確認できます。(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2021/mar/210326free03.pdf

2.契約書面等の作成について

 本ガイドラインでは、発注事業者が、発注時の取引条件を明確にする書面を交付しないことは、独占禁止法上不適切であるとしています。取引条件を明確に書面で定めないことは、後述する優越的地位の濫用となる行為を誘発することになりかねないからです。
発注時の取引条件を明確にする書面とは、一般的には契約書や発注書といった書面になることが多いと思われますが、紙ではなく、電子メール等でもここにいう「書面」に含まれるとされています。ただし、取引当事者間であらかじめ取り決めた取引条件を明確に記載したものである必要があります。
 なお、発注事業者の資本金が1000万円以上で、自社が受注した業務の全部または一部について下請法所定の役務等をフリーランスに発注する場合には、下請法の適用が問題となります。下請法所定の役務等とは、同法第2条第1項から第4項までに規定する①製造委託(物品、半製品、部品、附属品等の製造の委託)、②修理委託、③情報成果物作成委託(ソフトウェアなどのプログラム、設計図やデザインなど)、④役務提供委託(運送、ビルメンテナンス、情報処理など)がこれに該当します。下請法が適用される取引において、書面を交付しないことは、下請法第3条に違反します。
(詳しくは、https://www.jftc.go.jp/shitauke/shitaukegaiyo/oyagimu.htmlなどをご確認ください。)

3.本ガイドラインが問題とする12の行為類型

 本ガイドラインでは、次の12の行為類型を、「フリーランスと取引を行う事業者が遵守すべき事項」として適示しており、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用に該当しうる、あるいは、下請法上違法となりうるとしています。


① 報酬の支払遅延
 発注事業者が、正当な理由なく契約で定めた支払期日に報酬を支払わない場合や、一方的に報酬の支払期日を遅く定める場合がこれに該当します。


② 報酬の減額
 発注事業者が、フリーランスから役務(サービス)等の提供を受ける契約をした後において、正当な理由なく契約で定めた報酬を減額する場合や、契約で定めた報酬を変更することなく役務等の仕様を変更するなど、報酬を実質的に減額する場合がこれに当たります。


③ 著しく低い報酬の一方的な決定
 発注者が、フリーランスに対し、一方的に著しく低い報酬での取引を要請する場合がこれに当たります。「一方的に著しく低い報酬での取引を要請」したかは、報酬決定でフリーランスとの十分な協議が行われたか、他の取引相手と比較した報酬額や、取引の需給関係などに照らして、総合的に判断されます。


④ やり直しの要請
 発注事業者が、正当な理由なく、フリーランスから役務等の提供を受けた後に、当該フリーランスにやり直しを要請する場合をいいます。


⑤ 一方的な発注取消し
 発注事業者が、正当な理由なく、一方的に、フリーランスに生ずる損失を支払うことなく発注を取り消す場合をいいます。


⑥ 役務の成果物に係る権利の⼀⽅的な取扱い
 フリーランスが発注事業者に提供する役務の成果によっては、フリーランスに、その成果物に関する著作権等の一定の権利が発生する場合があります。この場合に、発注事業者が、自己との取引の過程で発生したことまたは役務の成果物に対して報酬を支払ったこと等を理由に、成果物に関する著作権等の権利を一方的に決定する場合、あるいは当該フリーランスに不当な不利益を与えることがこれに該当します。本ガイドラインでは、フリーランスが著作権等の権利の譲渡を伴う契約を拒んでいるにもかかわらず、今後の取引を行わないことを示唆するなどして、当該権利の譲渡を余儀なくさせることなどが例示されています。


⑦ 役務の成果物の受領拒否
 発注事業者が、フリーランスから役務の提供を受ける契約をした後において、正当な理由がなく、役務の成果物の全部または一部を納期に受け取らいないことをいいます。


⑧ 役務の成果物の返品
 発注事業者が、フリーランスに対し、受領した役務の成果物を返品する場合であって、どのような場合にどのような条件で返品するかについて、フリーランスとの間で明確になっておらず、フリーランスがあらかじめ計算できない不利益を与えることとなる場合、その他正当な理由なくフリーランスから受領した役務の成果を返品する場合をいいます。


⑨ 不要な商品⼜は役務の購⼊・利⽤強制
 発注事業者が、フリーランスに対し、取引の対象以外の商品または役務の購入を要請する場合であって、その購入が当該フリーランスにとって不要である、または当該フリーランスがその購入を希望していないにもかかわらず、今後の取引に与える影響を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合をいいます。


⑩ 不当な経済上の利益の提供要請
 発注事業者が、正当な理由がないのに、フリーランスに対して、協力金等の負担、役務の無償提供、その他経済上の利益の無償提供を要請する場合をいいます。


⑪ 合理的に必要な範囲を超えた秘密保持義務等の⼀⽅的な設定
 発注事業者が、フリーランスに対して、一方的に、合理的に必要な範囲を超えて、秘密保持義務、競業避止義務又は専属義務(=フリーランスに対して、他の発注事業者への役務等の提供を制限し、当該発注事業者とのみ取引をさせる義務)を課す場合であって、当該フリーランスが、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合をいいます。


⑫ その他取引条件の⼀⽅的な設定・変更・実施
 上記①~⑪に該当しない場合であっても、取引上の地位が優越している発注事業者が、一方的に取引の条件を設定し、もしくは変更し、または取引を実施することをいいます。

4.違反時の制裁について

 発注事業者の行為が、上記の12類型のいずれかの行為に該当し、それが自己の優越的地位を利用してなされたなどした結果、独占禁止法に違反した場合は、公正取引委員会による排除措置命令(違反行為を排除するために必要な措置を命じること。独占禁止法20条)の対象となります。
 また排除措置命令の対象となる場合、その事実は公表されます。さらに、課徴金納付命令(独占禁止法20条の6)の対象となる可能性もあります。

5.最後に

 上述したとおり、フリーランスとの取引は拡大傾向にあり、特に、インターネットを介したマッチングにより、ITエンジニア、デザイナー、コンサルタント等のフリーランスとの取引は、事業者にとって日常的になっているのではないでしょうか。
 令和2年7月17日に閣議決定された「成長戦略実行計画」は、本ガイドラインの執行を強化することを明らかにしています。フリーランスとの取引がある事業者の皆様は、本ガイドラインを軽視せず、12類型の行為に該当するものがないか、留意する必要があります。


                                           

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