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コラム

COLUMN

自筆証書遺言の有効性

一般企業法務等

2021.07.01

1 平成28 年6 月3 日、最高裁判所は、遺言書にいわゆる「花押」を書くことは自筆証書遺言の要件たる「押印」の要件を満たさないという判決を言い渡しましました。この内容は新聞の社会面等でも報道されましたので、目にされた方も多いのではないかと思われます。

 花押とは、署名の下に書く判であり、書判とも言われます。歴史に興味のある方であれば、豊臣秀吉らの戦国武将が花押を用いていたということで、ご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。現在でも、歴代総理大臣らの閣僚は、慣習に従って、閣議で作成される文書に花押を用いているそうです。

2 民法968 条1 項は、「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」と定めています。そのため、自筆証書遺言が有効といえるためには、「全文等(氏名を含む)の自書」と「押印」「日付」という三つの要件を満たす必要があるのです。

 ここで、自筆証書遺言において、全文等の自書以外に「押印」も要すると定められた趣旨は、「遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに、重要な文書については署名したうえでその名下に押印することが我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保する」ことにあると解されており、この点に争いはありません。 

 そして、前記最高裁判決は、「我が国において、印章による押印に変えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣

行ないし法意識が存するものとは認め難い。」と判示し、「花押」を書くことは自筆証書遺言の要件たる「押印」の要件を満たさないと判断したのです。

3 実は、この最高裁判例に関する第一審(那覇地方裁判所)と第二審(福岡高等裁判所那覇支部)は、前記最高裁判所の判決内容とは正反対の判断をしていました。

 第一審では、①認印による押印の場合よりも花押を用いる場合の方が偽造をするのが困難であること、②花押を用いることによって遺言者の同一性及び真意の確保が妨げられるとはいえないこと、③花押が文書の作成者・責任者を明らかにするために用いられていた署名や草名が簡略化されたものであり、重要な書面において署名とともに花押を用いることによって、文書の作成の真正を担保する役割を担い、印章としての役割も認められていること、④実際に遺言者が重要な文書において花押を用いていたことなどを理由に、花押をもって押印として足りると解したとしても、民法968 条1 項の規定の趣旨に反するものとはいえないと判断したのです。

 自筆証書遺言の押印は、実印による押印である必要はなく、いわゆる三文判でも有効であると解されております。また、過去の最高裁判所の判例では、印章(印鑑)ではなく拇印(指印)でも有効であると判断されたものがあります。さらには、遺言者が押印の慣習を持たない帰化者である等の事情がある場合には、押印がなくても自筆証書遺言として有効であると判断したものまで存在しています。

 このような事情からすれば、花押であっても文書の完成が担保できるのであれば有効と解する余地もあるように思われます。

しかしながら、最高裁判所は、「我が国において、印章による押印に変えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い」という点を重視し、花押による遺言は無効と判断したというわけです。

4 このように自筆証書遺言は、「全文等(氏名を含む)の自書」と「押印」「日付」という三つの要件を満たせばよいものであり、誰でも手軽に遺言を遺せる便利な制度でありますが、手軽な分だけ遺言者の死後に自筆証書遺言の効力が争われることも少なくありません。弁護士としては、このような死後の紛争を避けるため、公正証書による遺言書の作成をお勧めしております。遺言書の作成をご検討されている方は、一度、弁護士にご相談されてみてはいかがでしょうか。

(2017年1月執筆)

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