明倫国際法律事務所 Meilin International Law Firm

明倫弁護士事件簿 - case001 遺言書だけじゃだめなんですか・・・
~遺留分などの配慮をしなかったために、せっかく遺言書を書いたにもかかわらず紛争となってしまった相続のお話し~

「遺言書だけじゃだめなんですか・・・。」

 そう言って、佐藤さん(仮名)は相談室でお父様直筆の遺言書を握りしめたままがっくりと肩を落としました。

 

 私がはじめて佐藤さんのご相談をうけたのは、ある年の1月でした。佐藤さんは40代後半の女性で、早くにお母様を亡くされたため、要介護となったお父様をお一人で10年間介護していましたが、そのお父様がついに前年の暮れにお亡くなりになったということでした。

「ところが先生、悲しむ暇もなくて、もう気が狂いそうです。」

 お会いするなり、佐藤さんは、涙ながらにそうお話しになりました。

 

 佐藤さんのお父様は、体の障害の他に重度の痴呆があり、佐藤さんは食事から入浴、排泄の世話をはじめ、徘徊したお父様を深夜まで捜し歩いたり、暴れるお父様をおさえようとして大けがをしたこともあるなど、まさに身を犠牲にして介護に努めてきました。また、金銭面でも、自分の貯蓄を取り崩して介護に充てておられました。お付き合いしていた男性も以前はおられましたが、戦場のような介護の現場を嫌って離れて行ったそうで、結局ずっと独身のままということでした。

 ところで、佐藤さんは、お父様名義の一戸建にお父様と同居していました。また、佐藤さんには、兄がいましたが、若いころから放蕩者で、さんざん両親に迷惑をかけた挙句に音信不通となり、ここ10年は音沙汰もなく、もちろんお父様の介護を手伝ったことも一度もありませんでした。

 このような状態でしたから、お父様の生前、佐藤さんも念のためと考えて、「全財産を長女に相続させる」という内容の遺言書をお父様に書いてもらっていました。

 

 ところが、お父様のお葬式が終わると、これまで全く連絡のなかった兄が現れ、ご焼香もそこそこに、「相続財産があるはずなので分けてもらいたい」という話を始めたのです。

 佐藤さんは、今まで一度も見舞いに来ることすらなかったのに、突然お金の話だけしに来る兄を許せませんでしたが、とにかく冷静に遺言書があることを説明しました。ところが、兄は、「遺留分」があるはずだと言いだしたのです。

 確かに、佐藤さんのご自宅の価値は約1200万円でしたから、その4分の1である300万円を、佐藤さんは兄に対して、遺留分として支払わなければならないのです。

 佐藤さんは、それまでの10年間の介護の日々を振り返り、自分を犠牲にしてお父様を介護したのに、何もしなかった兄に300万円もの大金を支払うことは、悔しくて到底納得できません。また、お父様の財産は自宅以外にはなかったため、300万円もの現金はなく、支払うとしたら、佐藤さんがお父様の介護に使ってやっと残ったわずかな貯蓄を取り崩さなければなりません。

「300万円も払うくらいなら、死んだ方がましです。絶対に嫌です。」と、佐藤さんは思いつめたような表情で私に相談をしました。

 

 

 それから約2年。

 調停や裁判を経て、何とか決着がつきました。裁判では、佐藤さんの寄与分、つまり佐藤さんが特別にお父様のために支出したり負担したものを金銭換算し、それを相続財産から差し引く計算方法を主張し、かつ、過去10年間にわたる介護の状況と支出内容を膨大な資料から立証して、家庭裁判所で寄与分の審判を受けることとしました。また、兄の生前の放蕩の尻拭いをするために両親が支払った金銭を立証し、これを「特別受益」として差し引くことにも成功しました。その結果、最終的に、遺留分としてはほとんど支払わないで済むことになりました。

 しかし、「寄与分」が認められるハードルは高く、また、いずれも古い話で立証資料が散逸していましたので、このような立証の過程は、非常に困難を極めました。その結果、2年の歳月を要し、佐藤さんに笑顔が戻ったのは、2年後の春のことだったのです。

 

 相続については、遺言書を書いておくことは絶対に必要ですが、遺言書があっても、なお、しておくべき準備はたくさんあります。佐藤さんの場合も、お父様の生前にご相談いただければ、決してこんなことにはならなかったのにと思うと残念でなりません。

 相続や遺言のご相談については、私も、病院や遠方にもお伺いし、事前の準備がしっかりできるよう、丁寧にお手伝いさせて頂くようにしています。

 

 

[2011年1月 月刊はかた掲載] 

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