明倫国際法律事務所 Meilin International Law Firm

明倫弁護士事件簿 - case009 ひのきの看板
~ 商標の知識がなかったばかりに、永年使って来たお店の名前を危うく使えなくなりそうになった老舗蕎麦屋さんのお話し ~

 広田さんは、博多で昭和から続く蕎麦屋さんの三代目のご主人です。

 初代が博多湾を一望しながら蕎麦が食べられる店ということで、広田の「広」と「海」を組み合わせて、「広海庵」という屋号を使い始め、一昨年に入婿であった広田さんが、先代の義父から代替わりして、三代目になったという訳です。

 ところで、広田さんは、自分の代になってからは、入婿として肩身の狭い思いをしながら細々した蕎麦屋で営業するだけでは面白くないと考え、インターネットで蕎麦を売ることを思いつき、博多の名物である水炊きにヒントを得て、「博多地鶏蕎麦セット」として売り出しました。このセットは、徐々に売れるようになり、一日の売り上げが、店舗の売り上げより多い日もあるようになって、広田さんとしても、義父にも面目が立ったと大喜びでした。

 

 ところが、ある日、広田さんのところに、東京で蕎麦レストランを展開している中堅チェーン店である「広海亭」なるところから、インターネット上のホームページで「広海庵」を発見したとのことで、商標権侵害となるので直ちに「広海庵」の名称の使用を中止し、損害賠償を支払えという警告書が届きました。

 インターネット販売について、ただただ感心していた先代は、この警告書を見て、手のひらを返したように、「何てことをしてくれたんだ!出て行け!」と広田さんに詰め寄りました。そして、その翌日からは、意気消沈した無気力な様子で、初代から受け継いだ檜の看板の前で黙って立ち尽くすようになってしまい、広田さんは、あわてて当事務所にお越しになったのです。

 

 まず、「広海亭」と「広海庵」とでは、「亭」や「庵」は飲食店に使用される一般的な名称ですので、それ以外の部分が重要であると考えられ、そうすると「広海」の部分は同一ですから、形式的には商標権侵害となる可能性が高いと考えられました。

 広田さんは「でも、うちは、もう50年以上もこの名前を使ってるんですよ!」と言って、まだ新しい檜の看板が写った昔の写真などをたくさん見せてくれました。しかし、いくら昔から使っていた名前であるとはいえ、「広海庵」は小さな店で知名度も低く、近所以外の場所では知られておらず、残念ながら「先使用権」は認められそうにありませんでした。

 「私が余計なことをしたばかりに、三代続いた店の名前がなくなってしまうんですね。」広田さんは、がっくりと肩を落として、泣いておられました。

 私は、とにかく先方の会社と交渉してみることにし、厳しいとは思いながらも「先使用権」を主張しつつ、「広海庵」の歴史や、先方の会社は九州に店舗はなく実際の競合は起きていないことなどを粘り強く説得しました。

 その結果、最終的には、ホームページ上の「広海庵」の名称を削除すれば、広田さんが福岡で「広海庵」を使用することは構わないという承諾を取り付け、損害賠償を支払うこともなく、和解に至ることができました。

 

 広田さんは、先代と一緒に、初代から受け継いだ檜の看板を丁寧に磨き、かけ直したそうです。

 広田さんのインターネットショップは、「広海庵」から「博多の蕎麦処・元祖広屋」と改名して、その後も順調に売り上げを伸ばしているとのことです。もちろん、この新しい名称を決めるときには、きちんと商標権の調査をし、商標登録したことは言うまでもありません。

 

 

 商標権は、「先に使っていた人」のものではなく、「先に登録の出願をした人」のものですので、いままで使っていた名前だからといって安心はできません。ご自分の業務の中心となる屋号などについては、商標権侵害がないことを確認することは必須ですし、できれば商標権を取得しておくべきです。

 

 当事務所では、事業者の方からのご相談の折には、このような点も含めた、総合的なリスク管理の視点から、アドバイスをさせていただくようにしております。

 

 

[2011年9月 月刊はかた掲載] 

ご注意
本原稿は、過去に執筆した時点での法律や判例に基づいておりますので、その後法令や判例が変更されたものがあります。記事内容の現時点での法的正確性は保証されておりませんのでご注意ください。
本文中に登場する人名・店名については架空のものです。