明倫国際法律事務所 Meilin International Law Firm

明倫弁護士事件簿 - case010 きらりと光る社章
~ あなたが突然刑事事件の被疑者にされてしまったら… ~

 年度末も近い3月のある日、当事務所で契約書関係の見直しのお手伝いをさせていただいている顧問先の社長さんから、一本の電話がかかってきました。

 

 「先生、実は昨夜、うちの息子の健が警察に逮捕されたんです。なんでも、人を殴ってしまったらしいのですが、詳しいことは何もわかりません。こんなことは初めてなんです。先生、一体どうしたらいいんでしょうか。」

 

 社長さんの声は、かなり慌てていらっしゃいました。

 なんでも健さんは大学4年生で、間もなく卒業、そして4月1日からは社会人として船出する身とのことです。逮捕されたのは3月ですから、仮に起訴されて裁判になり、入社式に出席できないようなことになると、会社にも逮捕されたことを知られてしまい、入社を取消されるおそれもあります。社長さんが慌てていたのも無理はありませんでした。

 

 そこで、私は、すぐに健さんが逮捕されている警察署に接見に行きました。

 留置場で一夜を明かした健さんは、やや疲れている様子でしたが、気持ちはしっかりしていて、前夜の出来事を詳しく話してくれました。

 

 健さんによると、午後11時過ぎころ、大学のゼミの送別会が終わった後に仲間と別れて帰宅していたところ、男女が激しく言い争いをしているところに出くわしたそうです。健さんが、その横を通り過ぎようとしたところ、男性が女性に手を上げたことから、さすがに見過ごすわけにはいかず、その仲裁に入ったとのことでした。男性はかなり興奮していたため、今度は、割って入った健さんに矛先を向け、二人がもみ合っていたところを駆け付けた警察から逮捕されたというのがいきさつだったようです。

 健さんには怪我はなかったそうですが、女性の方は、殴られた際に打撲を負い、さらに、殴られた拍子に転んで腰を強打し、全治1か月の傷害を負ったそうです。もっとも、健さんは、女性には全く接触していないということでした。

 

 ところが、健さんは、「先生、警察が、全然僕の言うことを信じてくれないんです。」と少し不安気に取り調べの様子を話してくれました。

 健さんによると、警察は、酒に酔った健さんが、肩がぶつかったことに因縁をつけて、女性に絡んで暴行し、そばで見ていた男性がそれを止めに入ったことからもみあいになったとみているようでした。

 もちろん、事実とは全く違います。ただ、現場は人通りは少なく、当事者以外に最初から事件を目撃していた人はいませんでしたので、男性と女性が口裏を合わせて健さんがやったことにすれば、そのような話を作り上げることも十分可能な状況でした。

 実は、健さんは、警察が駆けつたとき、女性から「この人からやられたんです!」と指差されていたのでした。健さんとしては、義憤に駆られて助けに入ったところを犯人扱いされ、また、酒の勢いもあって、ついつい駆け付けた警察官に悪態をついてしまい、その場で現行犯逮捕されたそうです。

 

 健さんによると、警察からは、勾留する予定と聞かされているとのことでした。勾留されると、10日間身体拘束を受け、その間、否認を貫く健さんにとっては厳しい取調べにさらされることになります。しかも、ご家族とも自由には面会できない状況です。

 そこで、私たちも、いわゆる否認事件として全力でサポートする体制をとることにしました。

 

 本格的な取調べが始まると、健さんは、警察から「お前の言っていることを裏付ける者は誰もおらんぞ」とか、「このまま否認していると、もう一勾留ということになる(法律上勾留をさらに延長することができる。)。早く認めて、被害者と示談すれば、すぐ釈放だぞ。」などと自白を迫られ、日を追うごとに憔悴していきました。時には、「もう認めてしまって楽になりたい。そうすれば、入社式にも間に合うかもしれないし…。」と弱音を吐くこともありました。

 そこで、私たちは、毎日必ず交代で接見に行き、健さんを精神的にサポートするとともに、ノートの差入れをし、取調べの時間と警察の発言を詳細に記録するようにしてもらいました。否認する健さんを自白させようと、警察は行き過ぎた方法で取り調べをしていましたので、私たちは、健さんのノートの記載を参考に、取調べの問題点を具体的かつ詳細に指摘し、そのような取り調べを直ちに改めるよう求める内容証明郵便を、警察署と検察庁に送付しました。また、担当検察官と面会の上、取調べの問題点を具体的に指摘し、直ちに調査して問題点を是正するよう求めました。

 その結果、申し入れの翌日から、警察の態度も変わり、健さんに自白を無理強いするようなことはなくなりました。

 

 その後、捜査が進むにつれて、被害女性の供述に不自然な点が多数認められるようになり、最終的には、女性は、自分が嘘をついていたことを告白しました。実は、女性は男性と交際関係にあり、男性は、執行猶予中の身だったとのことです。女性は、警察沙汰から男性をかばおうとして、咄嗟に健さんのことを犯人呼ばわりしてしまったとのことでした。

 その結果、健さんは、勾留期限満了の日に起訴されることなく無事に釈放されました。

 

 もし、健さんが、勾留中に虚偽の自白を強いられ、それが調書になっていたら、捜査の行方もどうなっていたかわかりませんでした。

 事件後、健さんは、真新しいスーツに身を包み、あいさつに来てくれました。

 入社式に無事出席できたことを笑顔で話す健さんのスーツの襟には、社章のバッジがきらりと輝いていました。

 

 

[2011年10月 月刊はかた掲載] 

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