明倫国際法律事務所 Meilin International Law Firm

明倫弁護士事件簿 - case018 梅干しの味
~ 法律上有効な遺言を残すことの重要性と、被相続人(故人)が特別な金銭的援助をしていた相続人がいる場合の相続紛争のお話し ~

 相続の件で相談に来られた伊藤さんは、お会いするなり、『亡くなった母が、全財産を私にくれるという遺言書を書いてくれたのに、妹が、そんなものは無効だといって遺産を要求するんです。そんなことあるんでしょうか?』と怒っていました。

 

 お母さんの相続人は、伊藤さんと妹さんだけのようです。

 遺言書には、確かに伊藤さんの言うような記載があり、お母さんの署名と押印もあります。ところが、遺言書の本文はワープロで作成されていました。遺言をしたい方が、ご自分で遺言書を作成することも可能ではありますが(自筆証書遺言)、法律で色々な形式が決められており、ワープロで作られたなど全文が自筆で書かれていない遺言書は、法的には無効となってしまいます。この場合、お母さんの遺産は、民法の原則どおり、伊藤さんと妹さんとで2等分することになってしまうのです。

 こう説明したところ、伊藤さんはひどく落ち込んでしまいました。

 

 お母さんの遺産は、代々受け継いで現在伊藤さんが住んでいる一戸建の自宅と多少の預金でした。再開発の影響で、周辺の土地の価格が高騰しているため、遺産を2等分する場合は、自宅を売却して現金で分けざるを得ないとのことで、「そうなったら、自宅も人手に渡るんですね。私が子どものころから、庭の梅で毎年梅干を作ってきましたが、それも今年が最後でしょうね。母から教えてもらった、私にとってはこれがおふくろの味なんですけどね。」そう言って、伊藤さんは力なく肩を落としました。

 

 私は、何とかできないかと考え、お母さんがこのような遺言書を書いた心当たりを尋ねたところ、「母は、妹には結婚時に多額の持参金を持たせ、高価な嫁入り道具も揃えた上、その後も妹夫婦には毎月仕送りをしてきたから、それで十分だと言っていました。私自身は、結婚費用も自分で工面しましたし、母から金銭的援助をもらったことはありません。その上、母が亡くなるまで、私と妻が同居して母の面倒を見てきました。だから、母は、私に全財産を遺そうとしたのだと思います。」とのことでした。

 そこで、妹さんの持参金や嫁入り道具の購入代金、仕送りが、「特別受益」として相続財産への持ち戻し(特別受益が遺産に含まれると仮定して、遺産を計算すること)の対象となる可能性を考えました。

 幸い、お母さんは詳しい日記を残しており、それを基に妹さんの特別受益を計算し、遺産の計算をやり直したところ、妹さんはお母さんの生前に受けた特別受益で十分に財産を得ており、今回取得できる財産はないことが分かりました。これら法律上の根拠や計算を整理して、妹さんに対して調停を申し立てました。

 調停で、妹さんは、持参金と仕送りの額はそんなに多くないと反論しました。そこで、調査結果を基に、①妹さんの結婚と同時期に、伊藤さん主張の持参金と同額がお母さんの口座から出金されたこと、②妹さんの口座に、毎月、伊藤さん主張の仕送りと同額の送金がされていたことなどを説明したところ、妹さんは、しぶしぶ伊藤さんの主張を認めました。

 妹さんが、新たに遺産を取得できないことに納得しなかったため、調停から審判手続に移行しましたが、審判でも伊藤さんの主張が認められ、結局、残っていた遺産はすべて伊藤さんのものとなりました。

 

 こうして、伊藤さんは、お母さんから相続した大切な自宅に住み続けることができるようになりました。

 庭の梅で作った梅干を届けてくれた伊藤さんが、今年の梅は特別立派にできていたと嬉しそうに説明してくれた後、「一時は自宅を手放すことを覚悟しましたが、本当に良かったです。自分が遺言書を書くときは、ちゃんと先生に相談しますね。」と言ってくださったときは、私も本当に嬉しくなりました。

 

 

[2012年7月 月刊はかた掲載] 

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