明倫国際法律事務所 Meilin International Law Firm

明倫弁護士事件簿 - case021 新酒のかおり
~ MBOローンを活用し、次世代に事業を譲った造り酒屋の物語 ~

 市川さんは、九州で古くから続く造り酒屋を経営する株式会社市川酒造の社長です。先代から引き継いだ事業を株式会社化し、現在の安定した経営基盤を作り上げたのは市川さんでした。

 そんな市川さんも今年で67歳。

 市川さんは、長い付き合いのとある会社の社長が、後継者がなく、会社をたたまざるを得なくなったことをきっかけに、事業承継について真剣に検討するようになったそうです。市川さんの子供は東京に嫁いだ娘しかおらず、後継者として信頼できる親族はいませんでした。

 

 そこで、市川さんは、事業を同業者に売却しようと考え、数社に話を持ちかけたそうです。市川さんは、A社株式すべてを持っているため、このA社株式を売却することにより、事業を譲渡しようとしたのです。

 しかし、交渉相手は、いずれも、A社株式自体の価格について市川さんの希望とはかけ離れた提示をした上、市川さんが先代から引き継ぎ磨きをかけたこだわりの手法や伝統の業を守る職人たちの雇用も約束してくれず、市川さんはとても納得できませんでした。

 市川さんは、ほとほと困り果て、知人に紹介され、部下の関さんとともに当事務所にいらしたのです。

 

 市川さんのご希望は、同業者への事業売却をなんとか弁護士の力でまとめてほしいというものでした。

 我々は、まず、市川さんと、市川さんの右腕だという関さんから、詳しく事業状況等を伺うことにしました。A社の業績は比較的堅調でしたが、これまでの交渉相手が指摘したように、雇用合理化によるさらなる業績改善の余地もありました。

 我々は、関さんが、謙虚ながらも、市川さんを見事にサポートして説明する様子を拝見し、関さんのことを尋ねてみました。市川さんによれば、関さんは、40歳と比較的若いのですが、社内はもとより取引先の信頼も厚いとのことでした。そして、ぽつりと「本当は関に会社を譲りたいんだがねぇ」とおっしゃいました。

 それなら関さんに株式を買ってもらえばいいじゃないですかとお話しすると、市川さんと関さんは、声を揃えて、そんな大金払えないとおっしゃいました。

 

 改めて市川さんの希望を確認してみると、市川さんは、先代から引き継ぎ磨きをかけたこだわりの手法や伝統の業を守るため、職人たちの雇用を維持することを最も重視しており、信頼できる関さんに事業を引き継いでもらえるなら、株式の譲渡価格自体は、他社に売却するよりもある程度安くても構わないものの、そうはいっても大金なので関さんには準備できないだろうというのです。

 関さんも、A社の株式全部を一度に購入するだけの資金はとても用意できないし、それだけの債務を個人的に負担することは難しいとのことでした。

 

 そこで、我々は、MBOローンという、関さんが個人的に借金をすることなく、A社のキャッシュフローだけを返済原資とする融資による資金調達の方法を提案しました。MBOは、マネージメント・バイアウトの略で、経営者(または従業員)が、株主から株式を購入し、オーナー経営者となることをいい、MBOローンは、MBOを円滑に行うために生み出された特殊なローンなのです。

 そんな方法があるんですか、それなら是非お願いしたいという関さんや市川さん。

 ただ、MBOローンと一口にいっても、様々な金融機関が様々なスキームのMBOローンを提供しています。私達は、どのスキームが関さんと市川さんにとってもっとも望ましいものとなるのかを検討し、候補の金融機関との間で、説明・調整を繰り返し行い、A社の現在と将来の企業価値を伝えた結果、希望するスキームで希望する金額の融資を受けることができました。

  市川さんは、関さんに事業を譲ることで、こだわりの手法や伝統の業を守る職人たちの雇用を維持できると大変満足されていました。関さんは、まさか自分がオーナー社長になるとは思いもよらなかったものの、A社の未来を背負って頑張りたいと決意しておられました。

 

 事業承継には様々な方法があり、MBOローンスキームだけとっても色々なものがあります。事業承継を考え始めたら、まずはご相談下さい。

 関さんに代替わりしてしばらくたったある日、市川さんから、とある品評会で金賞をとったという新商品が送られてきました。封を開けると、とてもすがすがしい香りです。実は、私は、全くお酒が飲めないのですが、未来へ向かう新しいA社の香りだけ楽しませていただきました。

 

 

 

[2012年10月 月刊はかた掲載] 

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本文中に登場する人名・店名については架空のものです。