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コラム

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ベトナム労働法の主要な改正点と日本企業がとるべき改正点

国際ビジネス

2021.08.04

2019年11月にベトナム労働法が改正され、2021年1月1日に施行された(第220条)。労働法の主要な改正点の概要は以下のとおりである。なお改正前の労働法を「改正前労働法」(No.10/2012/QH13)、改正後の労働法を「改正労働法」(No.45/2019/QH14)と表記する

1. ベトナム労働法の主要な改正点

1.1.規律対象の拡大

 改正労働法第2条の改正により、労使関係のある使用者と労働者のみならず、雇用契約関係のない労働者も法の適用範囲に含まれることとなる。「雇用契約関係のない労働者」とは、例えば、改正労働法第3条第6号において労働契約によらずに就労する者をいい、具体例が明示されていないものの、家政婦や営業世帯として労務提供する者がこれに該当すると考えられる。

1.2. 人身売買の目的での雇用禁止の明確化

 改正労働法第8条第6項により、いわゆる不法労働者派遣や密航を禁ずることを明確化された。不法労働者等の近年の増加を受けての改正とみられる。本改正により、例えば、不法な海外就労を目的とする出国の誘導、約束、詐欺的広告等の行為が明確に禁止となった。

また、本条は、併せて人身売買等をも禁じているが、法人の行為が本条に規定する人身売買に該当する場合、当該法人に対して、行政罰として2億ドン(100万円相当)を上限とする罰金、活動停止(政令No.95/2013/NĐ-CP号第34条)の罰則が適用されることとなる。罰則関係においては、法人への罰則に加え、当該法人の責任者である個人に対しても、罰金若しくは懲役(20年まで)又は双方の併科が課される可能性がある(刑法(No.100/2015/QH13)第150条参照)。

本労働法改正の結果、日越双方において、活用が高まっている技能実習や特定技能制度につき、従前より一層の慎重かつ適法な運用が求められる。

なお、派遣機関のみならず、日本国内の受入機関も同様にベトナム国内において上記ベトナム刑法の適用を受けるため、本改正を機に受入機関である日本企業は、ベトナム人技能実習生の旅券や派遣関連契約等の確認方法を見直す余地も出てくると思われる。また、これら関連法令への抵触の可能性が生じた場合の対応方針や、未然に抵触を防止するための事業監督手法の見直しをも検討すべき場合があり得る。

1.3. 雇用契約に関する改正:季節的業務に関する契約及び12ヶ月未満の契約の廃止、電子的契約の導入

 改正前労働法第22条は、労働契約は、無期労働契約、有期労働契約及び季節的な業務又は特定業務を履行するため12か月未満の期間の定めのある労働契約(以下「季節的労働契約」という。)の3類型を規定していた。なお、無期労働契約とは、使用者と労働者が当該労働契約において、期間を定めない労働契約であり、有期労働契約とは、両当事者が当該労働契約において、労働契約の期間を12か月以上から36か月以下の期間と定めた労働契約である。本改正により季節的労働契約制度は廃止されることとなった。このため、改正労働法下における労働契約形態は有期労働契約及び無期労働契約の2種類の労働契約形態のみとなる。もっとも、季節的労働契約規定が廃止されるものの、改正労働法は有期契約の期間について、契約期間が12か月以上から36か月以下であったところを単に36か月以下と改正することにより、従前季節的労働契約が活用されていた労働期間について、手当てを行っている。したがって、改正労働法下では従前季節的労働契約を締結していた場面では、12か月未満の有期労働契約により対応することとなろう。ただし、有期労働契約において労働契約の更新が認められるのは一度のみである点に注意を要する。更新後においてもなお、労働者との労働契約の継続を希望する場合は、当該労働契約は無期労働契約とする必要がある。

その他、改正労働法第14条により従前書面が求められていた雇用契約について電子的方法による締結が認められるに至った。

1.4.理由を要しない一方的労働契約終了

 改正前労働法第37条は、有期労働契約に基づき就労する労働者に対し、次の場合に、契約終了前における一方的な契約解除権を付与していた。

①労働契約で合意した業務に従事できない場合又は勤務地に配置されない場合

②労働条件が保証されていない場合

③労働契約に定めた給与が十分に支給されていない場合

④給与の支給が遅延する場合

⑤虐待、セクシャルハラスメント又は強制労働をさせられる場合

⑥自身又はその家族が困苦な状況にあるため契約履行の継続が不可能になる場合

⑦居住地の機関における専従職に選出された場合

⑧国家機関の職務に任命される場合

⑨妊娠中の女性労働者が認可を受けている医療機関の指示に基づき業務を休止しなければならない場合

⑩労働者が、有期労働契約の場合は90日間において、継続して治療を受けたにも関わらず労働能力を回復できない場合

上記のいずれかに該当する場合には、労働者は一方的に労働契約を解除することができた。ただし、手続要件として解除権の行使には3営業日や30日などの一定の期間を置いて事前に使用者に通知しなければならないことが定められていた。しかし、改正労働法第35条では、労働者が30日又は45日の一定の期間を置いて事前に使用者に対し通知を行った場合は、その理由を問わず、労働契約を終了させることができる旨改正が行われた。

また、このような労働者の労働契約解除権に加え、改正労働法下では、

①労働契約で合意した業務や勤務地に配置されない場合

②労働条件が保証されない場合

③虐待、セクシャルハラスメント、強制労働をさせられる場合

には、事前通知を要せずして、直ちに労働契約を終了させることができることとなった。

併せて労働者は使用者に対して、社会保険、転職時に必要となるような就労に関する文書の提供を求めることができることとされている(第48条第3項b号)。

1.5. 月中の残業時間の増加

 労働法改正時の審議にて、残業時間の上限緩和を求める意見が数多く挙がったことを受け、改正労働法は第107条において、各月の残業時間の上限規制を従来の30時間から40時間へと上限を緩和する改正を行っている。もっとも、改正前労働法第107条に規定されている原則各年200時間(特別事業においては例外的に300時間)の残業時間規制は維持されており、依然として年間残業時間の上限規制には注意する必要がある。残業時間規制に反して労働者を就労させた使用者に対しては、5千万ドン(25万円相当)の罰金が科される余地がある(政令No.95/2013/NĐ-CP号第14条。なお本条は改正前労働法に依拠する条文であるため、この度の改正に伴い、政令上の関連条項も改正されると見込まれる)。残業規制の面のみからすれば、緩和が図られたとも受け取れるものの、労働者の就労態様が強制労働に該当すると判断された場合、当該法人の責任者は、刑事責任として、罰金、職務担当禁止又は12年を長期とする懲役等を科される(刑法第297条)可能性が生じるのでなお注意を要する。

本改正に関連する事項として、本改正労働法では、各週48時間の残業規制も維持されたものの、国会は政府に対して、経済及び社会の発展状況に応じた、各週の就業時間減少の提案を行っており、「国家は、週間の就業時間を40時間にすることを激励する」という方針を維持している点も看過できない。

1.6. 祝日の増加及び有給休暇事由の拡大

 改正労働法第119条により、建国記念日(9月2日)の前後に祝日が加えられ、連休となる。新たに設けられる祝日は年ごとに異なり、同月1日又は3日となる。この改正より、ベトナムの祝日は年間合計11日となる。

 また、労働者は、改正前労働法第116条の規定により結婚の際に3日、子供の結婚の際に1日、実父親、実母親、配偶者の実父母、配偶者又は子供の死亡の際に3日間の有給休暇取得が認められていたが、それに加え、改正労働法第115条により、義父又は義母が死亡する際にも、3日の有給休暇が認められることとなる。

1.7. 定年退職の年齢の増加

 改正労働法第169条によれば、定年退職の年齢が段階的に引き上げられることとなり、男性は2028年までに定年年齢が62歳となり、女性は2035年までに定年年齢が60歳となる。

1.8. 定期的対話:年一回

 改正前労働法下において使用者は、3か月ごとに一度、労働者と対話を実施する機会を設けなければならなかったが、改正労働法は、この頻度を年一度で足りるとし、頻度を減少させる改正が行われた(第63条第2項a))。

1.9. 国家が企業の賃金に直接的に干渉しないこと

 改正前労働法第93条によれば、使用者は政府が定めた賃金テーブル、賃金表及び労働基準量に基づき、労働者の募集、労働者の使用、労働契約における給料交渉又は給料支払いの根拠とするための賃金テーブル、賃金表及び労働基準量を作成する責任を負っていた。これが、改正労働法第93条により、企業は政府が規定した賃金テーブル、賃金表及び労働基準量の作成原則(政令No.49/2013/NĐ-CP号第7条に定められていたもの)を根拠とする必要がなくなり、被雇用者と交渉又は合意した上で、賃金表、賃金テーブル及び労働水準を自主的に作成することができるようになる。なお、最低賃金については、なお政府基準を順守する必要があることには留意が必要である。

1.10. 高齢労働者との有期労働契約の締結

 現行法下では、高齢労働者の起用において、従前の契約の延長又は有期労働契約の締結の利用が主に検討されてきた(改正前労働法第167条)。しかし、いずれの方法も難点を抱えており、例えば、現行法下では契約期間の設定問題を含め、高齢労働者の健康状態に柔軟に対応できないという問題があると考えられている。また、有期労働契約を締結する場合も更新の回数が1度に限られているきらいがあったため、実務上は運用が困難とされていた。これを受けて、改正労働法第149条は、高齢労働者との有期労働契約における更新回数制限の撤廃を認めることとしている。本改正により、高齢労働者の健康状態及び能力等に応じた適切な労働契約を締結できることが期待される。

 その他、労働者が給与を直接的に受領できない場合(例えば、病気に罹患した場合や事故に見舞われた場合がこれにあたる)に、給与の受領を他人に委託することを認める改正が行われた(第94条第1項)。また、賞与について金銭のみならず、現物(例えば、当該会社の生産商品)や他の方式(例えば、当該会社の株式等)により支払うことを認める改正が行われた(第104条)。ベトナム商工会が使用者の代表と位置付けられていること(第7条第4項)も本改正労働法の注目すべき点であろう。

2.日系企業がとるべき対策

 日系企業においては、上記法改正を意識しつつ、法令順守に取り組んでいく必要があることは多言を要しないが、実務運用上、改正項目の中には必ずしも明確化されていない事項が少なからず含まれていることに留意すべきであろう。特に、本改正では労働法の規律対象の拡大が図られた結果、どのような範囲が法令の想定する労働者として規律対象となるのか慎重な検討が求められる。同様に、改正労働法の各種規定の適用状況についても、注視を続ける必要があり、この点の明確化は、今後制定されるであろう他の法規範文書との連関を待つことになると思われる。労働法の規律範囲や関連規制の適用について、日系企業は依然として立法動向に注意を払い、最新の動向を正確かつ迅速にキャッチアップし続ける体制づくりが必要である。なお、保険、賃金、就労時間、休暇制度に関する改正は政府方針として重要視されることが見込まれている。そのため、労働契約関係がないものの、労働法上、労働者として取り扱われる可能性のある者への対応としては、これら改正関連事項を優先的に検討すべきと思われる。

 その他、今後増加するであろう定年退職者との関係では、上記改正を踏まえた高齢労働者対応体制の整備が必要であろう。体制整備にあたっては、使用者の代表と位置付けられるベトナム商工会との連携を密に行うことが重要であるといえる。

(2020年3月)

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