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AIの開発に関する契約の注意点とモデル契約書の活用 ~研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書の解説~

スタートアップ

2024.03.14

執筆者:弁護士・弁理士 田中雅敏

1.AIに関する契約の特殊性と注意点

 生成AIを含む、AIを活用して何らかの新しいサービスを開始しようとする場合、①学習用データの確保と利用に関する権利関係の整理、②AIの学習済みモデルの開発、③学習済みモデルを実装したサービスやシステムの開発と提供、などの局面で、契約スキーム(=ビジネススキーム)を考えて、契約を締結することが必要となってきます。
 なお、学習済みモデルや学習用データについては、現状では権利関係が明確に成立するとは言えないため、しっかりと契約で決めておく必要があることは、拙稿「Chat GPTの普及と生成AIのトリセツ」(https://x.gd/pehej)をご参照ください。
 さて、このようなAIを巡る様々な契約については、例えば通常のシステム開発契約やソフトウェアの制作委託契約と、本質的に違う点があります。
 それは何かというと、一言で言えば、「作ってみないと、どんなものができるか(できないか)分からない。」ということです。
 AIについては、データを読み込ませて学習をすれば、何らかの学習済みモデルは完成するのですが、どういったデータをどのように読み込ませたら、必ずどういった効果のある学習済みモデルが出来上がるかということは、厳密には予測ができませんし、いったん出来上がった学習済みモデルの精度が低いという場合に、その精度を上げるためにどうすればよいかということも、正確には予測はできません。
 そこで、開発の過程にあたっても、ウォーターフォール型の開発ではなく、開発プロセスを別個独立した複数の段階に分けて探索的に開発を行う「探索的段階型」の開発方式を採用することが好ましいと言われています(経済産業省・2018年「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」)。
 このような特殊性から、一般の契約書のように、事前にしっかりと成果物の品質や検品基準を決めておき、それにあったシステムやソフトウェアの開発を行う、といったアプローチではなく、「できるかどうかわからない」から、開発を段階的に分割し、少しずつやりながら、その次のステップに進むかどうか(発注するかどうか)を相談して進めていくという姿勢が必要になるわけです。

2.AIに関するモデル契約書とその活用方法

(1)モデル契約書
 AIに関する契約については、経済産業省から2018年「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(以下、「契約ガイドライン」といいます。)が出されており、また、経済産業省及び特許庁から、2021年「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」(AI編)が出されています。なお、モデル契約書に関しては、さらに、「秘密保持契約書(AI編)」、「PoC契約書(AI編)」、「共同研究開発契約書(AI編)」、「利用契約書(AI編)」などが、2023年5月に改訂されています(以下、これらを総称して「AIモデル契約書」といいます)。
 これらは、前述の「探索的段階型」の契約の進め方を前提としており、実務上も大変参考になる書式となっています。
 書式については、「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(OIモデル契約書)ver2.1について」(https://www.jpo.go.jp/support/general/open-innovation-portal/index.html)をご参照ください。

(2)AIモデル契約書の考え方
 この、AIモデル契約書は、単に契約書のひな型を示したものではなく、オープンイノベーションにおける契約に関しての姿勢を明示している点に特徴があります。
 すなわち、オープンイノベーションにおいては、どちらか一方が他方を利用し、一方的に利益を得るようなことは望ましくなく、双方にメリットがあるウィンウィンな形を模索すべきという点を、価値の中心に据えています。オープンイノベーションにおける契約においては、「スタートアップと事業会社の連携を通じ、知財等から生み出される事業価値の総和を最大化すること」が目的であると、明記されています。
 また、AIモデル契約書においては、かなり具体的な「事例」が想定されており、これに対して、どうすれば「事業価値の総和を最大化」できるかというアプローチで作成されています。したがって、「ひな形」として、どのような状況でも定型的に使えるということではなく、個々の状況において、適宜修正したり、違うアプローチを考えたりしながら、常に「事業価値の総和を最大化」するためにどうしたらよいか、を考える材料として、用意されていると言えるでしょう。
 「交渉して、お互いの落としどころをどこか中間点で探る」という玉虫色の結論ではなく、双方がウィンウィンになれるような「第三の選択肢」「全く違う落としどころ」を探す姿勢も重要、とも言えます。

(3)AIモデル契約が想定する、「探索的段階型」の契約の進め方
 AIモデル契約が想定している「探索的段階型」の契約スキームとは、以下の4段階に分けられます。そして、それぞれの段階ごとに、モデル契約書が提示されている、という構造になっています。
 具体的な段階ごとの注意点やポイントについては、この後、順次ご説明します。
 ①秘密保持契約
   ↓
 ②技術検証(PoC)契約
   ↓
 ③共同研究開発契約
   ↓
 ④利用契約

(4)秘密保持契約
 秘密保持契約を締結して行うのは、互いに実際の負担や工数がそれほど発生しない状況で、「まずは、話を前に進められるかどうかのあたりをつける」という段階となります。
 費用や負担が発生する場合は、別途、次のステップである「技術検証(PoC)契約」を締結し、権利義務をしっかりと合意した上で進むことが望ましいと言えます。
 よく、秘密保持契約だけでかなりの部分まで進めてしまい、開発に一部入ったようなタイミングで共同研究開発契約を締結するという流れが見受けられますが、負担や費用の支払い、お互いの権利等について、思わぬ思い違いが生じ、紛争に発展してしまうことも多いのが実情ですので、気を付けなければなりません。
 オープンイノベーションにおける秘密保持契約においては、以下のような点を、特に気を付ける必要があります。
 ①秘密情報の範囲の設定
 何が秘密情報に該当し、何が該当しないかを、明確に分離できるような定め方や運用が必要です。その意味では、秘密情報に該当する範囲は、かなり限定的にとらえることが望ましいと言えます。まだ、「一緒にできるかどうかわからない」段階で、無用な縛りやしがらみが発生することになると、かえって他の事業でのイノベーションが阻害されることにもなりかねません。
 ②データの取り扱い
 提供されたデータなどの第三者への開示の禁止、開示範囲の設定はもちろんですが、その利用目的についても、対象案件のアセスメント(進められるかどうかの検討)に限定しておく必要があります。これによって、提供データの目的外利用を防ぐことができますし、この点についてのお互いの思い違いも回避することができます。

(5)技術検証(PoC)契約
 秘密保持契約を締結して一定のデータや情報を相互に開示し、「進められそうだ」となった場合は、次に、カスタマイズモデルのプロトタイプを作成したり、そのプロトタイプの精度を検証して、本格的な開発ができるかどうかを判断する段階に入ります。これが、技術検証(PoC)契約の段階です。
 この段階での注意点やポイントは、以下のとおりです。
 ① データの準備に関する取り決め
 精度の高いプロトタイプの作成には、適切なデータが必要です。このデータは、生データの提供でよい場合もあれば、そこから学習用データセットの作成(アノテーション)が必要な場合もあります。また、生データをどうやって取得するか、その取得費用をだれが負担するかといった点についても、明確化しておく必要があります。
 ② 学習済みモデルの提供の有無
 プロトタイプとして作成された学習済みモデルそのものを、相手方に提供するかどうかという点についても、明確に決めておく必要があります。事業会社は、「お金を出したのだから、学習済みモデルももらいたい」と考えがちですが、学習済みモデルそのものには知的財産権は成立しにくいですし(弊所コラム「Chat GPTの普及と生成AIのトリセツ」(https://x.gd/pehej)参照)、そもそも共同研究開発契約に進むかどうかの検証のためには、学習済みモデルそのものの提供は不要と考えられますので、通常は、提供しないとすべきでしょう。
 このあたりも、明確に定めておかないと、お互いの思い違いから、紛争やその後の契約(開発)の打ち切りなどにつながりやすいと言えます。
 ③ 知的財産権の帰属
 作成した成果物や報告書等の著作権やその他知的財産権の帰属についても、明確にしておく必要があります。
 通常は、このような検証段階では、事業会社に知的財産権を移転する必要性は少ないと言えますし、検証や活用には、適切な知的財産権等の利用許諾があれば十分と言えます。したがって、一般的には、開発者側がその知的財産権を保有しておくことが望ましいでしょう。

(6)共同研究開発契約
 技術検証(PoC)段階が終わり、本格的な開発がすすめられそうということになると、いよいよ、本格的な製品バージョンであるカスタマイズモデルの研究開発段階に入ります。
 ここでの注意点は多岐にわたりますが、こうしたオープンイノベーションのAIに関する契約という観点から特に注意が必要なのは、以下の2点です。
 ① 知的財産権(特許権や著作権)の帰属
 開発された学習済みモデルやシステムなどについては、特許権や著作権、営業秘密などの知的財産権が成立するものがあります。こうしたものの帰属をどうするかというのは、最初にしっかり詰めておきたい点です。
 基本的には、「事業会社が保有(開発者から事業会社に移転)」、「開発者が保有」、「事業会社と開発者の共有」というパターンが考えられます。
 これらについては、双方のビジネスモデルや開発への貢献度を考慮して、適切な形に整理する必要があります。通常は、開発者が保有するものとして、適切な利用権を事業会社に設定する方法をとることが一般的です。ただ、具体的な事案においては、カスタマイズされた部分や事業会社の考案や貢献によって実現した部分などの割合によっては、事業会社に移転させる場合もあり得ます。
 ② カスタマイズモデルの提供方法
 開発されたカスタマイズモデルの提供方法をどうするかも、しっかり決めておきたい点です。事業会社から見れば、開発費用を払ったのだから、学習済みモデルや作成されたシステム等のプログラムのソースコードの提供を受け、自社のサーバなどで提供をしたいと考えることもあり得ます。しかし、一方で、開発者は、これらを提供してしまうと、自社の競争力の源泉を奪われてしまうことになりますし、その後、事業会社が、これらを利用して追加学習や別の領域への活用を行う場合であっても、そこからは全く収益が得られない可能性もあります。
 この点についても、一般的には、開発者がこれら成果物を保持した上で、クラウドやインターネット等を通じてサービスそのものを提供する、とするのが一般的ではないかと考えられます。ただし、双方のビジネスモデルや開発への貢献度を考慮して、これとは異なる取り決めをする場合があることは、前述の知的財産権の帰属の場合と同様です。

(7)利用契約
 上記の各段階を通じて、無事にカスタマイズモデルが完成し、いよいよサービス提供の段階に入ります。この段階では、カスタマイズモデルを用いたサービス(データ処理サービス、追加学習サービス)の提供方法を、しっかりと定めておく必要があります。
 この段階では、前述のとおり、通常は、知的財産権を開発者が保持し、開発者の関与の下にサービスを提供し、事業会社がこれを利用して、ビジネスに落とし込むことになります。
 そこで、学習済みモデルやシステムの利用に関する両当事者間の契約が必要となります。
 この段階における契約に関しては、以下のような点に注意しつつ進めることが望まれます。
 ① 精度の保証
 実際にサービスに共用する以上、AIのアウトプットに一定の精度が必要です。しかし、これを開発者が保証するとなると、冒頭にお話ししたAIの特殊性からも、開発者の負担が過大となりすぎてしまいます。
 このあたりは、制度の保証までは開発者には要求せず、一方で、追加開発や精度向上のための対策については、双方が協力して行えるような定めをしておくことが望まれます。
 ② 第三者の知的財産権非侵害の保証
 完成したシステムや学習済みモデルが、第三者の特許権等の知的財産権を侵害していないことの保証を、開発者が要求される場合があります。しかし、この点も、AIは、そもそもその判断のロジックが検証できないという特殊性があるものですので、このような保証を開発者に求めることは、現実的ではない場合が多いと言えます。この点については、このような保証は求めないこととしつつ、万一、第三者から知的財産権を侵害している旨の申し出があったような場合には、双方が協力してこれに対応する枠組みを決めておく、という方向性が望ましいと考えられます。
 ③ データや学習済みモデルの利用範囲
 事業会社が提供したデータや、これによって開発された学習済みモデルなどを、開発者が、さらに第三者に提供したり、これらを基に追加学習をさせて事業会社と関係のない製品やシステムを開発したりすることができるのか、といった点も決めておく必要があります。
 これらは、両当事者の契約条件(開発費の金額、利用料の設定など)や、貢献度などによっても結論は変わってきますので、そのような背景を考慮した上で、適切な形に設定する必要があります。

3. AIに関する契約と契約書についてのまとめ

 以上のように、オープンイノベーションに関して、AIを活用する共同事業における契約については、通常の契約とは少し異なった視点や考え方が必要となってきます。
 これらの点をしっかりと双方当事者が理解し、ウィンウィンな関係を築ける内容を納得の上で、契約スキームを確定し、それを契約書に落とし込んでいくことが必要です。
 「スタートアップと事業会社の連携を通じ、知財等から生み出される事業価値の総和を最大化すること」を念頭に置きながら、適切な契約スキームを作っていくことが大切です。
 このような観点からは、契約スキームを確定する段階から、法務部や弁護士等の専門家もチームに入れつつ、しっかりと準備をしていきたいところです。

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