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ベトナムの進出のための情報や、コンプライアンスや契約・紛争などの進出後の問題、基本的な規制や最新の法改正など幅広い情報を提供します。

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ベトナムにおける労働契約締結上の留意点 〜労働協約・就業規則の法的効力〜

2021/08/09  

 ベトナムで事業を展開している外国企業の重要な問題の一つは、労働契約の締結であることは言うまでもないだろう。他方で、ベトナム法上の労働契約の方式、内容などに関する日本語の論文や記事はある程度見受けられる。そこで、本稿は、前記のような事項ではなく、労働契約の締結上の悩みの一つとして挙げられる、集団労働協約や就業規則と労働契約の内容の使い分けや効力に焦点を当てて、注意点等を述べることにする。

 まず、労働契約及び就業規則の両方には、法律に従って定めなければならない事項が定められていることに留意する必要がある。2019年労働法21条及び労働傷病兵社会省通達10/2020/TT-BLĐTBXH号3条によれば、労働契約は、①会社名・住所②労働者氏名・生年月日・性別・身分証番号③職務内容・勤務地④労働契約の期間⑤賃金レート・支払時期・支払方法・手当その他⑥昇給及び昇進制度⑦勤務時間及び休日⑧労働者の労働保護器具(業務による)⑨社会保険及び健康保険⑩訓練及び研修、という内容を含まなければならない。

次に、同法118条及び政令145/2020/NĐ-CP号69条によれば、使用者は就業規則を作成なければならず、10人以上の労働者を使用する場合は、就業規則は書面でなければならない。就業規則の内容は、労働に関する法令及び関連する法令の規定に反してはならず、次の主要な内容からなる。すなわち、①労働時間・休憩時間②職場の秩序③労働安全衛生④職場のセクシャルハラスメントの予防・防止・職場のセクシャルハラスメント行為の処分の手順・手続⑤使用者の財産・営業機密・技術機密・知的財産権の保護⑦労働契約と異なる業務に一時的に労働者を異動させる場合⑧労働者の労働規律違反行為及び労働規律処分の形式⑨物的責任⑩労働規律処分権限を有する者である。

続いて、同法75条以下によれば、集団労働協約は、必要的記載事項が法定されていないが、当該企業・産業分野に特化する労働法上の労働関係を規律するものなので、基本的に(項目としては)労働契約における条項(職務内容、労働時間・休憩時間、賃金、労働安全保障、保険、研修など)を定めればよいものと考えられている。

 以上のように、労働協約・就業規則・労働契約は、大まかに包括的なものから具体的な内容をそれぞれ有すると 解することができる。ただし、集団労働協約は、一つの会社にのみ適用され、適用範囲の面で就業規則と同じものがある。この場合にも、労働協約は、労働者団体と合意した上で定められたものであるため、労働者の権利という積極的な面を中心的な内容とするのに対して、就業規則は、労働者団体の意見を参考にすることがあるものの、使用者の権限で定められたものであるため、労働者に対する規律処分という消極的な面を中心的な内容とすると考えられている。労働契約は、積極的、消極的両面を持ち合わせているが、特定の労働者に特化したものであり、当該労働者の労働条件に応じて、労働協約及び就業規則の内容を具体化するものである。

 次に、労働契約のそれぞれの必要的記載事項を見ると、上記の①会社名・住所②労働者氏名・生年月日・性別・身分証番号の他に、いずれも労働協約や就業規則に含め得るものであるため、それぞれの条項の内容を比較する。

 ③職務内容・勤務地については、複数の職務内容及び複数の勤務地がある場合に、具体的な労働者につき、どこの勤務地でどの職務内容で働かせるかは個別の労働契約で定めなければならないだろう。実際に、職務内容と勤務地は、労働協約と就業規則というよりも、労働契約に定めるのが一般的だと考えらえているが、労働協約や就業規則に定められることもあり得るものである。この場合、完全に労働協約や就業規則に定められた内容と重なれば、労働契約で労働協約や就業規則における当該条項を引用すれば良いが、そうでなければ、労働契約で詳細な職務内容と勤務地を定める必要がある。

 ④労働契約期間は、労働契約の絶対的必要事項である。しかし、それぞれの労働者に適用される内容なので、労働協約や就業規則に定めるのは通常とはいえない。ただし、労働協約や就業規則が労働契約期間の種類が定められることがあり得るものである。

 ⑤賃金レート・支払時期・支払方法・手当その他⑥昇給及び昇進制度は、確かに労働協約や就業規則の他に、賃金テーブルにも定められるものである。しかし、労働協約や就業規則や賃金テーブルに定められるものは、全体の賃金レート、原則的な支払い時期、一般的な手当、昇給の要件のみにとどまる。具体的な労働関係において、当該労働者の給与額がいくらか、どの手当を受けられるかは、労働契約で定めるものと考えられている。ところで、支払い時期や昇給条件・時期について、労働協約や就業規則と別途に規定する必要がなければ、労働協約や就業規則の規定を参照すれば良いだろう。

 ⑦勤務時間及び休日は、上記と同様に、労働協約や就業規則に定めたものと違う場合、労働契約で詳細に定める必要がある。労働協約や就業規則に定めたものと変わらないときには、労働契約で労働協約や就業規則における当該条項を引用すれば良いだろう。なお、繰り返しとなるが、労働契約において労働時間の上限(法律が定める範囲内で)を明記するのが多いとされている。他方で、休暇時間は、勤務中の休憩、週休、有給休暇など様々な種類があるため、労働協約や就業規則で定めたものを労働契約に引用するのが一般的である。

 ⑧労働者の労働保護器具は、労働協約・就業規則にある労働安全衛生と関係するものもある。特別な労働器具を要する場合や、会社が賃貸する特定の器具がある場合、労働契約に明確に記載する必要がある。労働安全衛生と関係なく、特別な労働器具を要さない職務内容の場合、この条文は、労働契約で簡単に記載すれば良いと考えられている。例えば、「労働者は、会社の共同施設、設備を使用することができる。」という風に定めれば、法律の要求に合致することとなる。

 ⑨社会保険及び健康保険に関する条項は、特別な保険への加入がなければ、「社会保険法の規定に従って社会保険・健康保険に加入する。」という簡単に定めれば問題ないと考えられる。労働協約と就業規則も同様である。むしろ、就業規則の場合、その必要記載事項ではないので、記載されないのが一般的である。

 ⑩訓練及び研修についても、労働契約に詳しく定めらないのが一般的である。「法律及び当社の規定に従い行われる。」という旨を大まかに記載すれば十分である。「当社の規定」には、労働協約や就業規則が含まれるので、労働協約や就業規則にそのような条項があれば(必要的記載事項ではないので、存在しない場合もある。)、当該条項が労働契約の内容に組み込まれる。

 最後に、労働契約の必要的記載条項ではないが、規定されることが多いものとして、守秘義務条項、競業避止条項、規律処分条項、紛争解決条項、契約更新・終了条項などがある。守秘義務条項、競業避止条項、規律処分条項、紛争解決条項は、就業規則と密接に関わるものなので、就業規則の内容を引用することが多い。個別的に、守秘義務を負う期間・競業避止義務を負う期間をそれぞれの労働者で異なるものを定める必要がある場合、それを労働契約に明記すれば良い。契約の更新・終了は、特段の合意がなければ、「法律に従って行われる」という趣旨を記載すれば良いと考えられる。他方、労働協約や就業規則は契約の更新・終了条項を設けないことが多くみられる。

 要するに、労働契約は、労働条件に関する使用者と労働者の間の合意なので、この合意の内容によって、労働契約に具体的に定める規定が異なることになる。単純労働者の場合、個別に合意される内容がそれほど多くないので、労働協約や就業規則の内容を引用するのが一般的である。それと違って、ハイレベルな労働者の場合、様々な実質的合意がなされ得る。この結果として、労働協約や就業規則と異なる労働契約内容も多くなると考えられている。

 ベトナム労働法は、就業規則を作成する際に、社内の他の規則を引用することを禁止し、また、制限するものではない。そのため、就業規則の変更に伴う再登録を避けるため、実質的な規定を、就業規則本文ではなく、会社の他の規則に置くことは、可能である。その結果として、論理的に、使用者が会社規則を勝手に変更して、労働者の権利を減少させても、就業規則を再登録する必要がなく、また、労働契約における労働条件が変わったとしても、問題にならない。しかし、そのような規定を持つ就業規則が登録され得るかどうかは、実務上明らかではない。実際に、流用されている就業規則の様式と違って、極めて大まかな就業規則を登記すると、登録当局(労働傷病兵社会局)が受付けないことがあり得るのである。

次に、社内規定と言っても、使用者が勝手に変更できるかどうかも問題となり得る。当該社内規定の変更が、社内労働者の全体に影響を及ぼすため、労働組合は、勝手な変更に対抗することができると解される余地がある。労働者の従来の権利を保障できなくなる会社は、労働組合と積極的に交渉を経て、その合意を得るのが適当であり、労働者の権利を減少させる合理的な理由を持たない会社は、労働組合の了承を得ることが難しいといえる。仮に、何らかの形で、当局を納得させ、登録した後、労働組合の形式的な了承を得た上で、社内規則を変更できたとしても、不満を持っている個人労働者は、労働紛争解決仕組みに基づき労働条件を争うことも可能である。ただし、使用者が法律に違反しておらず、話し合いや調停によって解決できなければ、従来の条件での労働契約については終了するものと解される。

・労働協約のサンプル:http://ketoanthienung.vn/mau-thoa-uoc-lao-dong-tap-the.htm [1](Thiên Ưng会計会社)

 冒頭に:制定根拠、使用者代表、労働者代表の情報(名前、生年月日、性、公民番号、住所等)

第1章:総則 

 第1条:適用範囲

 第2条:施行対象

 第3条:協約の期間

 第4条:労働組合の活動権の保障に関する使用者の誓約

 第5条:企業の就業規則の遵守に関する労働者の誓約

第2章:団体労働協約の内容

 第6条:仕事及び仕事の確保

 第7条:トレーニング事業

 第8条:勤務時間、休憩時間      (*それほど詳しくない)

  「当社は、法律の規定に基づき登録された就業規則に従い行う。

   (…)労働者は、会社設立記念日にも有給休暇を取れる。」

 第9条:給与、賞与、手当、昇給制度   (*詳細に定められる)

 第10条:追加金額及び福祉制度

 第11条:女性労働者に関する規定

 第12条:労働安全・衛生

 第13条:社会保険、医療保険、失業保険

 第14条:労働組合の活動

 第15条:労働紛争

第3章:施行条項

 第16条:協約施行責任

 第17条:団体労働協約の適用

 第18条:協約の効力

最後に:署名

・就業規則のサンプル:http://ketoanthienung.vn/mau-noi-quy-lao-dong-noi-quy-cong-ty-moi-nhat.htm (Thiên Ưng会計会社)

冒頭に:制定根拠

第1章:総則

 第1条:内容及び目的

 第2条:適用範囲

 第3条:適用、改正、補充

「本就業規則に定められない問題は、労働法及び労働法の案内文書に従       い行われる。

 労働法、営業環境、当社の政策の変更によって、本規則の内容は改正・補充され得る。当社は、これらの改正補充を労働傷病兵社会局で登録し、且つ全労働者に通知する。」

 第4条:効力

第2章:勤務時間、休憩時間、休暇及び残業   (*以下は詳細に定められる)

 第5条:勤務及び休憩時間

 第6条:祝日

 第7条:年休

 第8条:病気休暇

 第9条:産休

 第10条:有給休暇

 第11条:無給休暇

 第12条:残業、休日・祝日における勤務

第3章:職場の秩序

 第13条:与えられた職務の遂行

 第14条:遅刻、早退、個人目的の出掛け

 第15条:職場における態度・姿勢

 第16条:服装

 第17条:禁止される行為

第4章:労働安全・衛生

 第18条:使用者の責任

 第19条:労働者の責任

第5章:会社の財産・営業秘密の保護

 第20条:財産の使用及び保護

 第21条:営業秘密の保護

第6章:労働綱紀違反、労働規律処分(=懲戒処分)種類、物的責任

 第22条:労働綱紀違反行為

 第23条:労働規律処分の原則及び手順

 第24条:労働規律処分種類(文書による注意、昇級期間の延長若しくは降格、解雇)

 第25条:労働規律処分時効

 第26条:規律処分の抹消、規律処分期間の縮減

 第27条:仕事の停止

 第28条:物的責任

第7章:施行条項

・労働契約のサンプル:http://ketoanthienung.vn/mau-hop-dong-lao-dong-moi-nhat-nam-2015.htm (Thiên Ưng会計会社)

冒頭に:雇用者と被雇用者の情報(名前、生年月日、性、公民番号、住所等)

第1条:職務内容及び場所

第2条:労働契約の期間

第3条:勤務時間、休憩時間

第4条:労働者の権利及び義務(給与、支払期日、保険等)

第5条:使用者の義務及び権限

第6条:他の内容(手当各種)

第7条:施行条項:「本契約に記載されない問題は、当社の就業規則及び給与・賞与規則に従い行われる」

最後に:署名