• 明倫国際法律事務所

コラム

COLUMN

フリーランスへ仕事を発注する場合の準備と注意点 ~フリーランス・事業者間取引適正化等法成立~

スタートアップ

2023.07.20

執筆者:弁護士・弁理士 田中雅敏

1.これまで、フリーランスとの契約にはどのような注意が必要だったか

 (1) 契約自由の原則
契約は、当事者間での合意によって定めることができますので、基本的には、フリーランスに何かを依頼する場合に、その内容をどう定めるかについては、当事者間で自由に決めることができるのが原則です。
ただし、契約自由の原則といっても、法律上の規制や制限の範囲内での自由ということになりますので、これらに違反して契約をすることはできませんし、契約をした場合も、その契約や条項は、無効となる可能性があります。

 (2) フリーランスとの契約と「独占禁止法」、「下請法
 これまでも、フリーランスとの契約には「独占禁止法」の適用があり、「優越的地位の濫用」行為が禁止されるほか、さらに発注者が資本金1000万円超の企業の場合は「下請法」の適用もあるとされていました。
 この点については、すでに2021年3月に「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン 」も公表され、フリーランスとの契約の適正化についての指針が示されています。
 このガイドラインの中では、「自己の取引上の地位がフリーランスに優越している発注事業者が、フリーランスに対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることは、優越的地位の濫用として、独占禁止法により規制される」とされています。
 そして、これらを通じて、「発注時に取引条件を明確化した書面を交付すること」が求められるとともに、その内容についても、以下の12項目について、不当にフリーランスに不利な条件を押し付けることが禁じられています。
 ①報酬の支払い遅延
 ②報酬の減額
 ③著しく低い報酬の一方的な決定
 ④やり直しの要請
 ⑤一方的な発注の取消し
 ⑥役務の成果物に係る権利の一方的な取扱い
 ⑦役務の成果物の受領拒否
 ⑧役務の成果物の返品
 ⑨不要な商品又は役務の購入・利用強制
 ⑩不当な経済上の利益の提供要請
 ⑪合理的に必要な範囲を超えた秘密保持義務等の一方的な設定
 ⑫その他取引条件の一方的な設定・変更・実施

(3) 既存のフリーランス保護の枠組みの課題
 これらの既存のフリーランス保護の枠組みは一定の機能をはたしていたものの、下請法については発注者の資本金が1000万円を超える場合のみの適用であった他、優越的地位の濫用等についても、その「優越的地位」の存否が一義的にはわかりにくく、さらに、その他要件についても不明確な場合も多かったため、フリーランス保護の実効性をさらに深める施策が求められていました。
 また、あわせて、社会保障制度が不十分なフリーランスに対しての保護をさらに拡充する必要が生じていました。

2.フリーランス・事業者間取引適正化等法の成立

(1) 新法の制定
 上記のような背景を踏まえ、2023年4月28日にフリーランス・事業者間取引適正化等法が成立しました。この法律は、成立から1年6カ月以内に施行されるものとされていますので、遅くとも、来年秋までに施行される予定です。
 この法律では、上記のような問題点が整理され、より分かりやすくなっています。
 内容は多岐にわたりますが、ポイントは、①対象となる当事者や取引が明確化されたこと、②取引適正化のために行うべきことが明確化されたこと、③フリーランスの就業環境に配慮すべきことが明示されたこと、の三点であると言えます。

(2) 対象となる当事者
 この法律の対象となる「フリーランス」とは、以下の二つのいずれかに該当する者となります。
 ①「業務委託」の相手方である「事業者」の個人であって、「従業員」を使用しないもの(法2条1項1 号)
 ②「業務委託」の相手方である「事業者」の法人であって、1名の代表者以外に役員がおらず、かつ、「従業員」を使用しないもの(同項2号)
 したがって、法人形態で従業員の雇用がある場合は、直接はこの法律の対象とはなりませんが、それ以外のかなり広範な個人及び零細事業者が対象となることになります。

(3) 対象となる取引
 この法律では、対象となる「業務委託」について、以下のように定めています。
事業者がその事業のために他の事業者に
 ①物品の製造(加工を含む)又は情報成果物の作成を委託すること
 ②役務の提供を委託すること(他の事業者をして自らに役務の提供をさせることを含む)
 このように、対象となる取引も広範に及んでおり、ほとんどの「業務委託」や「外注」がここに含まれると考えてよいでしょう。

(4) 取引適正化のために行うべきこと
 フリーランスにこのような業務委託を行う場合に、委託者は、以下のような義務を負うことになります。
①給付の内容・報酬の額等の明示
 委託者は、フリーランスに対して業務委託する際に、給付(業務の内容)や報酬の額等を書面又は電磁的方法(メール等)により明示することが必要です。
 この「明示」の内容については、フリーランスの給付の品目、品種、数量、規格、仕様等を明確に記載する必要があり、フリーランスが作成提供すべき成果物の内容、仕様をフリーランスが正確に把握できる程度に具体的に明示する必要があるとされています。

②給付を受けてから60日以内の報酬支払期日の設定・支払
 委託者は、フリーランスから給付(成果物・役務)を受領した日から60日以内のできる限り短い期間内に報酬支払期日を設定することが求められます(同法第四条第一項)。また、フリーランスに対して再委託される役務提供の場合においては、元委託支払期日から起算して30日以内のできる限り短い期間内に報酬支払期日を設定することが求められます。
 この点の解釈は、下請法と同様ですので、たとえば「60日」や「30日」の起算点は、「検品時」ではなく「受領日」であることなどに注意が必要です。

③不公正な取引の禁止
 委託者は、フリーランスへの業務委託(政令で定める期間以上のもの)について、フリーランスの責めに帰すべき理由がないにも関わらず、以下のような行為を行ってはならないとされています。
ⅰ フリーランスの帰責事由のない給付受領拒絶(役務提供以外)(法5条1項1号)
ⅱ フリーランスの帰責事由のない報酬減額(同条1項2号)
ⅲ フリーランスの帰責事由のない返品(役務提供以外)(1項3号)
ⅳ 通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額を不当に定めること(買いたたき。同条1項4号)
ⅴ 正当な理由なき物・役務の強制(同条1項5号)
ⅵ フリーランスに経済上の利益を提供させ、その利益を不当に害すること(同条2項1号)
ⅶ フリーランスの帰責事由なく給付内容を変更し又はやり直させ、その利益を不当に害すること(同条2項2号)

(5) フリーランスの就業環境について
 フリーランスは、あくまで労働者ではなく、外部の独立した経営主体ではありますが、以下のように、労働者に類似した保護の制度が導入されています。
①契約解除・不更新の30日前予告義務
 委託者は、フリーランスとの「継続的業務委託」を解除したり不更新したりしようとする場合は、原則として少なくとも30日前までに予告をする義務があります(法16条1項)。
②ハラスメント防止措置義務
 委託者は、フリーランスに対するセクハラ・パワハラ・マタハラについて、フリーランスの相談に応じ適切に対応する体制整備等の必要な措置を講じる義務があります(法14条)。
 具体的な義務の内容は、今後明確にされる予定ですが、通報窓口の設置、啓発活動の実施など、自社の従業員に対する措置に類似した内容となることが予想されます。
③妊娠、出産、育児介護への配慮義務
 委託者には、フリーランスから申出があれば、その妊娠、出産、育児介護と両立して業務に従事できるよう、「育児介護等の状況に応じた必要な配慮」が求められます(法13条)。
 具体的な「必要な配慮」の内容は、今後明らかにされる予定ですが、「妊婦検診を受けるための時間の確保や就業時間の短縮」や、「育児介護等の時間の確保のために育児介護等と両立可能な就業日や就業時間を定めること」などが含まれるものと考えられています。
 もちろん、従業員に対する産休・育休の付与、育児休暇の取得などとはことなりますので、フリーランスの場合は、その間は無給となることが予想されますが、発注や納期について、これらの点に配慮する必要があります。
④募集情報の的確表示義務
 委託者が広告等でフリーランスの募集情報を提供するときは、虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしてはならず、かつ、正確かつ最新の内容に保つ義務があります(法12条)。
 詳細は今後明確化される予定ですが、主に、業務の内容、委託者の情報に関する事項、報酬に関する事項、給付の場所や期間、時期に関する事項などの情報が、対象とされることが予想されています

3.フリーランス・事業者間取引適正化等法施行までに準備しておくべきこと

(1) 継続的な情報の収集
 この法律は、まだ成立したばかりですので、施行に向けて、今後順次内容が明確化される予定です。したがって、フリーランスを活用している事業者にとっては、今後の動向を注視し、最新の内容をキャッチアップしておく必要があります。
(2) 取引条件明示のための各種書式等の見直し
 発注者側としては、フリーランスの募集時、発注時、及び契約終了時(解除及び不更新を含む)に使用する書式の整備や記載内容の準備を行い、この法律の要求する事項を網羅した形で見直しを行う必要があります。
(3) フリーランスに業務を発注する場合及び発注中の管理についての体制整備
 フリーランスから、育児介護等についての希望があった場合の対応について、現場が混乱しないように、一定の運用指針を定め、事前に対応しておくことが望ましいと言えます。
 また、社内/社外の相談窓口利用について、フリーランスも対象に追加したり、フリーランスに対するハラスメントを防止するようなコンテンツを、社内のハラスメント防止に関する啓発内容に加えるといった対応をしておく必要もあります。

  • 東京、福岡、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、ハノイの世界7拠点から、各分野の専門の弁護士や弁理士が、企業法務や投資に役立つ情報をお届けしています。
  • 本原稿は、過去に執筆した時点での法律や判例に基づいておりますので、その後法令や判例が変更されたものがあります。記事内容の現時点での法的正確性は保証されておりませんのでご注意ください。

一覧に戻る

ページの先頭へ戻る