• 明倫国際法律事務所

コラム

COLUMN

固定残業代制度に関する重要最新判例のご紹介

人事労務

2024.02.09

執筆者:弁護士 髙崎慎太郎

1 残業代(固定残業代制度)に関する重要な最高裁判例をご紹介します。
 タクシー業界については、近時、【歩合給の計算に当たり、売上高等の一定割合に相当する金額から残業代に相当する金額を控除する(控除した残額が歩合給になる)旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業代の支払では、労基法の定める割増賃金が支払われたとはいえない】という重要な判断が示されましたが(国際自動車事件・最高裁令和2 年3 月30日判決)、本稿では、運送業界においてよく見られる賃金(残業代)制度に関して最近判断が示された事例(最高裁令和5 年3 月10 日判決)をご紹介します。

2 トラック運転手であるX が勤務していた運送会社Y 社では、元々、日々の業務内容等に応じて月ごとの賃金総額が決められ、その賃金総額から基本給と基本歩合給を差し引いた額を時間外手当とするという給与体系になっていました(旧給与体系)。しかし、労基署から適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことをきっかけに、給与体系を以下のように変更することになりました(新給与体系)。

支払われる給与は、
 ①基本給、②基本歩合給、③勤続手当、④残業手当、深夜割増手当及び休日割増手当、⑤調整手
当の5つの名目に分かれています。 
 なお、以下では次のとおり呼称します。
 ・①+②+③:「基本給等」
 ・④:「本件残業代」
 ・④+⑤:「本件割増賃金」
※ ④は、基本給等を通常の労働時間の賃金として、労基法37条等の法令に基づいて算定した額。
※ ⑤は、「本件割増賃金」の総額から本件残業代の額を差し引いた額。
※「本件割増賃金」の総額は、旧給与体系の時と同じく業務内容等に応じて決定される月ごとの賃金総額から、基本給等の合計額を差し引いた額。

 これにより、給与の内訳は大きく変化し、①基本給が増額された一方で、②基本歩合給は大幅に減額され、新たに⑤調整手当が導入されることになりました。しかし、X に支払われる月ごとの賃金総額は、給与体系変更前と変わらず、日々の業務内容等に応じて決められていたため、新給与体系の下でも、X の総労働時間や実際に支払われた賃金総額は、旧給与体系の時とほとんど変わりませんでした。

3 X は退職後、Y 社に対し未払残業代の支払を求めて提訴し、原審福岡高裁は、Y 社の残業代支払は労基法上問題ないと判断しました。
 しかし、最高裁は、以下のように述べて、原審の判断を否定し、Y 社による残業代の支払では労基法上の割増賃金の支払がなされたとはいえないと判断しました。
 「Y 社は…新給与体系を導入するに当たり、賃金総額の算定については従前の取扱いを継続する一方で、旧給与体系の下において自身が通常の労働時間の賃金と位置付けていた基本歩合給の相当部分を新たに調整手当として支給するものとした(中略)。そうすると、旧給与体系の下においては、基本給及び基本歩合給のみが通常の労働時間の賃金であったとしても、X に係る通常の労働時間の賃金の額は、新給与体系の下における基本給等及び調整手当の合計に相当する額と大きく変わらない水準…であったことがうかがわれる」
 「一方、上記のような調整手当の導入の結果、新給与体系の下においては(中略)X に係る通常の労働時間の賃金の額は(中略)旧給与体系の下における水準から大きく減少することとなる。また、X について(中略)本件残業代をも上回る水準の調整手当が支払われていることからすれば、本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入されたこととなる。」
 「以上によれば、新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない」
 「本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明確になっているといった事情もうかがわれない以上、本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなるから、Y社のX に対する本件割増賃金の支払により、同条の割増賃金が支払われたものということはできない。」

4 本判決によれば、適法な固定残業代制度といえるためには、固定残業代が残業の対価といえることが必要であるとともに、労基法を遵守した割増賃金が支払われているかをチェックすることができるように、「通常の労働時間の賃金」(通常賃金)部分と割増賃金部分とが判別可能であることが必要とされています。
 ④本件残業代だけを形式的に見れば、基本給等を通常賃金として労基法に基づいて算定した額となっているため、残業の対価として支払われているとも、通常賃金部分と割増賃金部分とを判別することができるともいえそうです。
 しかし、最高裁が「X について…本件残業代をも上回る水準の調整手当が支払われている」と認定しているとおり、残業の対価とされているはずの「本件割増賃金」は、X の実際の残業状況を考慮したものとはいえないものでした。また、Y 社では、X に支払う月ごとの賃金の総額は業務内容等で決められるため、給与体系の変更前後でほとんど変わっていません。他方で、内訳としては、通常賃金に含まれる②基本歩合給が大きく減り、通常賃金に含まれない⑤調整手当が支給されることになり、それにより、通常賃金という割増賃金を計算する際の単価も減少したことになります。
 そこで、最高裁は、本件残業代だけを見てそれが適法かどうかという判断はせず、「本件割増賃金」という制度が、全体として賃金総額を超えて労基法の割増賃金が生じないような仕組みとなっているという実態を問題視しました。そのうえで、Y 社は、結局、それまで通常賃金に当たる②基本歩合給として支払ってきたものの一部を、名目だけ通常賃金に当たらない「本件割増賃金」に振り替えただけであるから、「本件割増賃金」は(純粋に)残業の対価であるとはいえないし、また、②基本歩合給から名
目上振り替えられた「本件割増賃金」の中には、本来通常賃金として支払われるべき部分も相当程度含まれているといわざるを得ない。そうすると、「本件割増賃金」のうちいくらの部分が残業の対価なのか不明であるため、「本件割増賃金」について、通常賃金部分と労基法上の割増賃金部分とを判別することはできない(=真に残業の対価として支払われる金額が不明である以上、労基法上の割増賃金として支払が足りているのか不足しているのかの計算ができない)、と判断したのでした。

5 使用者としては、従業員が低い生産性でだらだらと無駄な残業をした結果残業代を取得するというある種のモラルハザードを防ぎたいと考えるのは当然でしょう。
 上記両事件とも、使用者側には、だらだら残業しても取得できる賃金が増えないようにするために、何とかトータルの賃金額に大きな変動が生じない形で対応できないか、という思惑があったことが看取されます。
 しかし、残業代はあくまで「通常の労働時間」以外の労働に対する対価として支払う必要があります。本件のように、実質的には残業が発生してもしなくても支払われる金額(=通常賃金)を、名目上、残業の対価として、⑤調整手当に含め、「本件割増賃金」の総額を大きくすることで、どれだけ残業しても労基法上の割増賃金を追加で支払わなくてよくなる、といういわば脱法的な仕組みは認められません。
 同様に、国際自動車事件のように、実質的には残業が発生してもしなくても支払われるべき歩合給を、労基法に基づいて計算される残業代と連動させることで、どれだけ残業しても、その分歩合給が減るだけで、基本的にはトータルで支払われる賃金額は変わらない、というような仕組みも認められません。
 使用者の皆様におかれましては、非生産的な残業の発生を抑えるべく、様々な方法を考えて、苦心されているものと思われます。しかし、労基法上は、「残業代を発生させないようにする」という発想自体が許されません。使用者としては、トータルの賃金額が変わらないような残業代制度を導入するのではなく、別の方法で、非生産的な残業の抑止を図る必要があると考えられます。

6 運送業界に限らず、業界ごと・会社ごとに様々な賃金体系が存在します。しかし、「我が社はちゃんとそれなりの賃金を払っている」という場合でも、それが法令に適合するものでなければ、(退職者も含めた)従業員に対する多額の残業代支払を余儀なくされ、会社の経営に大打撃を被るということが往々にしてあり得ます。
 貴社の賃金体系が法令の要求を適切に満たす設計となっているか、また、「だらだら残業」を防止するための適切な措置が講じられているかどうか、この機会に是非一度ご確認ください。

  • 東京、福岡、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、ハノイの世界7拠点から、各分野の専門の弁護士や弁理士が、企業法務や投資に役立つ情報をお届けしています。
  • 本原稿は、過去に執筆した時点での法律や判例に基づいておりますので、その後法令や判例が変更されたものがあります。記事内容の現時点での法的正確性は保証されておりませんのでご注意ください。

一覧に戻る

ページの先頭へ戻る