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コラム

COLUMN

平成29年職業安定法改正について

人事労務

2021.07.19

1 はじめに

 「求人詐欺」という言葉を皆様はご存知でしょうか。「求人詐欺」とは、実際の労働条件よりも高い給料や手当で募集するなど、企業が虚偽の好条件を示して労働者を入社させることをいいます。
 わかりやすい例を挙げると、「月給30万円」という記載がありながら、いざ入社してみると、実は残業代がこれに含まれていたというケースが典型かと思われます。
 昨今、ハローワークの求人票に掲載されている労働条件や面接時に提示された労働条件が、勤務開始後の実際の労働条件と異なっているとしてトラブルに発展するケースが後を絶ちません。実際にも、厚生労働省は、昨年7月7日、「ハローワークにおける求人票の内容と実際の労働条件が異なる」といった求職者からの申出が、2016年度に9,299件あり、そのうち「求人票の内容が実際と異なる」件数が3,608件あったことを明らかにしています。
 このような求人詐欺ですが、事態としては大変深刻です。求人詐欺であることが判明したならば、すぐに会社を辞めてしまえば済むと考える方もおられるかもしれませんが、新卒入社の場合には、短期間で退職すれば根性がないなどのレッテルを張られ、転職の際に不利になることがあると思います。そうすると、騙された労働条件に納得がいかなくても、簡単には辞められないのが実情かと思われます。また、仮に転職に支障がないとしても、そもそも「求人詐欺」によって他の就労先を選ぶ機会を奪われたこと自体、多大な不利益を被っているというべきです。
 さらに、そのような被害者は、我慢をして会社に在籍を続けるか、少しでも良い就職先を探すことを優先するため、騙した会社に責任追及を考える方はほとんどおらず、被害が顕在化しづらい特徴があります。
 このように、求人詐欺は大きな社会問題となっているものの、これまでほとんど野放しの状態にありました。そこで、かかる求人トラブルの対策として講じられたのが今回の職業安定法の改正(以下、「本改正」といいます。)であり、一部を除き、平成30年1月1日に施行されることになりました。
 少々前置きが長くなりましたが、以下では、本改正による主なポイントを解説させていただきたいと思います。

2 固定残業代制度の明示

 本改正では、会社が固定残業代制度を採用している場合、以下の事項についての明示が義務付けられました。
 ① 固定残業代を除外した基本給の額
 ② 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
 ③ 固定残業時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働分についての割増賃金を追加で支払う旨

 固定残業代制度とは、実際の残業時間に関わらず毎月定額の残業代を支払う制度をいいますが、これが求人情報等では隠されている場合があります。例えば、冒頭で述べたように、「月給30万円」という記載から、別途残業代が付くと考えて応募したのに、実際にはそこに固定残業代として5万円が含まれていたなどというのは、よくあるケースかと思われます。

   そこで、このような求人トラブルを回避するため、固定残業代制度を採用している場合には、これを明示する義務が課されることになりました。また、本改正ではもう一歩踏み込んで、上記3つの事項についてまで明示を求めており、例えば、「月給30万円(残業代5万円を含む)」という記載であっても、上記①~③の事項をいずれも満たしておらず、不適切な記載ということになります。
 なお、この固定残業代制度については、平成27年に成立した若者雇用促進法により、既に若者を対象とした募集において明示が求められていましたが、その限定を解き、中途採用を含む全ての労働者の募集にあたってその明示を求めたことに、本改正の大きな意義があります。

3 裁量労働制の明示

 会社が裁量労働制を採用している場合は、その旨を明示することが義務付けられました。
 裁量労働制を採用している場合、終業時刻以降に仕事をしても、原則として残業代は付きません。そうすると、裁量労働制を採用していることが求人情報で明示されていなければ、別途残業代が付くと考えて応募した求職者との間でトラブルが発生することになります。
 そこで、本改正では、実態に即した残業代が出ないことが募集時にわかるように、裁量労働制を採用している場合には、これを明示する義務が課されることになりました。

4 求人情報変更内容の明示

 会社が求人の際に提示した労働条件を変更し、或いは削除や追加をする場合には、求職者に労働条件の変更内容を明示することが義務付けられました。

 これは、求人情報が途中で変更となった場合に、変更前の求人情報を見て応募した求職者との間で求人トラブルが発生するのを防止するために義務付けられたものです。
 なお、変更を明示するに際しては、当初の内容と変更された後の内容を対照できる書面を交付することが望ましいとされていますが、変更された箇所にアンダーラインを引いたり着色したりする方法や脚注を付ける方法でも可能であるとされています。
 また、変更の明示を受けた求職者から、変更した理由について質問があった場合には、適切にこれを説明する必要があります。

5 その他の改正点

 その他の改正点としては、以下のようなものが挙げられます。

① 試用期間に関する事項と試用期間中の労働条件の明示
試用期間中は契約社員として取扱い、試用期間終了後に正社員として採用するという扱いをとる企業がありますが、募集段階でそのことを明示していない結果、正社員として入社できると思ったのに、実際には契約社員として入社していたというトラブルがありました。また、正社員の労働条件と同じだと思って入社したものの、試用期間中の労働条件はこれと違ったというトラブルもありました。

そこで、本改正では、試用期間に関する事項と、試用期間中の労働条件がその後の労働条件と異なる場合には、それぞれの労働条件を明示するように求めました。


② 労働者を雇用しようとする者の氏名又は名称の明示
労働者を雇用する者と募集を行っている者が実は違ったという事態を防止するため、本改正では、労働契約を結ぶ相手が誰なのかを明示させることにしました。


③ 派遣労働者としての雇用の明示
募集している企業で働くものと思っていたら、実は他の企業に派遣労働者として働くことになっていたという事態を防止するため、本改正では、派遣労働者としての雇用か否かについて明示させることにしました。

6 罰則等の規制

 以上のように、求人者には一定の明示義務が課されることになりましたが、単に明示するように定められるだけでは、なかなか改善はなされません。そこで、本改正では、虚偽の条件を提示して求人の申込みを行った者に対する罰則を追加しています。
 本改正以前にも、虚偽の広告や虚偽の条件提示によって職業紹介や労働者の募集を行った者に対する罰則はありましたが、これだけでは、求人者が虚偽の条件を職業紹介事業者に伝え、職業紹介事業者が求職者に職業紹介を行った場合、職業紹介事業者に虚偽の条件提示の責任は問いにくく、また求人者に対しても責任を追及することができませんでした。そのため、本改正は、そのような求人者に対しても責任追及することを可能とし、これによって規制がさらに強化されることになりました。
 さらに、そのような罰則のみならず、幅広く求人者に対しても行政指導を行うことも可能となったため、今後は行政から求人者に対する是正の働きかけが期待されるところです。

7 終わりに

 このような固定残業代や裁量労働制の明示等は、求職者が就職活動を円滑に進めるため、また、会社にとっても求人トラブルを回避するために、社会全体として非常に重要なことです。
 今後は、求人トラブルをなくすために、求人情報に関するルールをきちんと確認していただき、求人情報の適正化に積極的に取り組んでいただきたいと思います。

(2018年1月執筆)

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