執筆者:弁護士 柏田剛介
「誠意を見せろ」「上司を出せ」「ネットにさらすぞ」――。
日々、窓口や電話対応の最前線で、理不尽な要求や激しい叱責にさらされ、疲弊していく従業員や職員たち。かつて日本社会で美徳とされた「お客様は神様」という精神は、いまや現場を追い詰める「呪縛」となりつつあります。
企業や公的機関において、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)対策は待ったなしの課題です。しかし、「どこからがカスハラなのか」「どこまで我慢すべきなのか」の線引きに悩み、現場任せにしてしまっている組織は少なくありません。
本稿では、カスハラの定義から、組織としてとるべき具体的な対処方法までを解説します。
その要求は「社会通念」を超えているか?
まず、カスハラとは何か。令和8年10月に施行予定の改正労働施策総合推進法や、東京都をはじめとしたいくつかの都道府県の条例などが一つの指針となります。キーワードは「社会通念上、許容される範囲を超えているか」(改正労働施策総合推進法第33条第1項)です。
判断のポイントは2つあります。
第一に「要求内容の相当性」。
契約や法制度上、提供できないサービスを強要したり、過剰な金品や土下座を要求したりする場合です。
第二に「手段・態様の相当性」。
ここが見落とされがちです。たとえ相手の主張に一定の理があったとしても(例えばこちらのミスが発端だとしても)、その手段が暴言、暴力、長時間の居座り、執拗な連日の電話、SNSでの晒し行為などを伴う場合、それは「社会通念上許容範囲を超えた」カスハラとなり得ます。
「こちらのミスだから」と負い目を感じてサンドバッグになる必要はありません。不当なカスハラには、毅然と線を引く必要があります。

現場を守る「組織対応」の鉄則
カスハラ対応で最も避けるべきは、「現場の従業員(職員)が一人で抱え込むこと」です。対応の鉄則は「組織的な対応」にあります。以下の3つのプロセスを実行し、組織的な対応を徹底するようにすることが大切です。
1.状況の正確な把握(記録)
顧客や利用者が、従業員(職員)の特定の言動や商品の欠陥を問題としている場合には、その内容を正確に把握するため、「いつ、どこで、誰が(何が)、何をしたか(何が起こったか)」(いわゆる5W1H)を事実ベースで記録します。会社側の責任の有無や、どのような対応が必要か、あるいは要求内容が不当でないかを検討するためです。
また、同様にカスハラが疑われる顧客や利用者の言動についても記録します。カスハラを受けた従業員(職員)からの聞き取りにより把握することに加え、防犯カメラの映像、顧客等とのやり取りを直接録音するなどの方法で客観的に把握することも重要です。特に映像や録音は、警察に対応を依頼する場合には証拠にもなるため積極的に活用すべきです。
なお、「無断録音は個人情報保護法違反ではないか?」とご質問をいただくこともありますが、カスハラ行為に対処するための記録であれば、企業の場合も(個人情報保護法第21条第4項第2号及び4号等参照)、行政機関であっても(個人情報保護法第61条第1項、第62条及び第63条等参照)、法的には問題ありません。
2.対応方針の決定(判断)
状況を把握できたら、現場だけで判断せず、管理職を含めた組織としてカスハラに該当するか否かを認定し、対応方針を決めます。例えば、「これ以上の要求には応じない」「電話は、30分を超えたら切る」「1時間以上の滞在については、退去を求める」といった具体的なゴールを設定します。また、現場の各従業員(職員)の役割分担についても決めておきます。顧客等と直接やり取りする対応者を誰にするか、それ以外の従業員(職員)が電話を取った場合の対応はどうするか等、役割とオペレーションをあらかじめ決めておきます。相手が態度をエスカレートさせる可能性がある場合には、予め弁護士や警察に相談しておき、いざとなったらすぐに動いてもらえるよう手配しておくことも検討しましょう。
3.組織的な実行(チーム対応)
方針が決まったら、組織としてそれを実行します。
電話であれば、あらかじめ決めた対応方針に従い、例えば、「ご要望にはお応えできません。」、「30分を超えましたので、恐れ入りますが、こちらで失礼いたします。」と伝え、それでも要求が続くなら「業務に支障が出るため、お切りいたします。」と告げて切電します。
対面であれば、決して1対1にはならず、複数名で対応します。さらに「対応は1時間まで」等と時間を区切り、時間が来たら「これ以上の対応はできかねる」と打ち切る勇気を持つことも重要です。居座りが続く場合は、不退去罪等の適用も視野に入れ、迷わず警察へ通報する連携も事前に整えておくべきです。

「解決」とは相手を納得させることではない
ところで、多くの皆さんは、方針を決める際、「相手に納得してもらい、穏便に帰ってもらうこと」をカスハラ問題の解決だと考えがちです。しかし、そのようなゴールを目指しても、「話せばわかる」が通用せず、理不尽な要求を受け続けることになってしまいかねません。カスハラを行う相手に対し、「相手の納得」をゴールと設定することは、誤りであることが多いのです。
カスハラ対応における解決とは、「組織として不当な要求を毅然と断り、業務の平穏と従業員(職員)の安全を取り戻すこと」に他なりません。理不尽な要求に対しては、議論の土俵に乗らず、事務的に対応を打ち切ることが、結果として組織全体のリスク管理につながります。
また、組織が「ここまでやったら守ってくれる」「理不尽な相手にはNOと言っていい」という明確な基準を示すことは、従業員(職員)のメンタルヘルスを守り、離職を防ぐための最大のセーフティネットとなります。
カスハラは現場の個人の問題ではありません。経営課題であり、組織の危機管理の問題です。
「お客様」であっても、カスハラについては明確に線引きをし、悪質な行為には法と組織力を持って対処する。その覚悟を持つことが、健全な職場環境と、本当に大切にすべき顧客へのサービス維持につながるのです。
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