コラム

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(中国労働法)不定時労働制が履行されず、雇用主に残業代支払義務が生じた事例

人事労務

2025.09.01

執筆者:弁護士 森進吾
    フォーリンアトーニー 张婧婧
    フォーリンアトーニー 夏惜墨

 中国における労働紛争事案においても、労働時間制度の適正な実施及び残業代の支払は、重要な問題です。

 労働時間制度のうち「不定時労働制」は、就業日における出退勤時刻があらかじめ決められていない労働時間制度をいいます。不定時労働制を実施する場合、標準労働時間制度(1日8時間、週40時間)は適用されず、1日当たり時間外労働時間の上限規制等が適用されません。ただし、不定時労働制の適用対象者は限られており、企業の高級管理職・外勤担当者・販売担当者などの標準労働時間制によっては評価ができない労働者とされています。

 このように、「不定時労働制」は、その時間管理の柔軟性の高さから、一部の企業・業種・役職者にとっては有用なものといえます。もっとも、一部の雇用主は、この制度を悪用して残業代支払いを回避しようとする事案が存在します。

 以下では、「不定時労働制」を採用した後に残業時間の支払いが争われた事例を踏まえ、「不定時労働制」の適正な実施や問題点について検討します。

【裁判例】

 2003年、孟氏はA社に入社し、A社は、孟氏に対して「不定時労働制」を適用することを決定しました。もっとも、孟氏は、「週6日・1日7.5時間」の固定スケジュールで勤務していました。

 2013年9月、孟氏は、約10年間の勤務状況を踏まえ、年次有給休暇および休日労働に起因する残業振替によって生じた休暇(以下、残業振替によって生じた休暇は「振替休日」という)の取得を申請したところ、A社は、年次有給休暇のみを承認し、振替休日の取得申請を認めませんでした。9月24日、孟氏が年次有給休暇を消化した後、A社は出勤を命じましたが、孟氏は出勤しませんでした。

 なお、判決文からだけでは詳細は不明であるものの、A社では、休日労働を行った場合には、振替休日の取得申請が可能とする社内制度を設けていたものと考えられます。

 孟氏は、170日分の振替休日が残っており、また、A社は当該振替休日の付与に代わる残業代を支払っていないことを主張しました(労働法44条2号によれば、会社が振替休日を手配できない場合に残業代を支払う必要があります)。

 孟氏は、まず労働仲裁を提起しましたが、仲裁判断に不服があったため、A社に対して残業代の支払いを求めて提訴しました。これに対しA社は、孟氏には、中国の行政当局が承認済にした不定時労働制が適用されているため、残業代を支払う必要はないとも反論しました。

 この点に関して、2009年6月11日付の行政許可決定書によれば、A社の管理職48名に対して不定時労働制を適用することが記載されていました。孟氏は店長として管理職に該当する立場であり、週6日勤務、1日あたり7.5時間労働していました。また、A社の従業員管理システムには、孟氏の振替休日取得日数が記録されていました。

【裁判結果】

一審判決:A社は孟氏に対し、167.7日分の残業代を支払う
二審判決:控訴を棄却し、原判決を維持

【裁判所観点】

一審:
 不定時労働制は、企業の生産・経営上の特性により標準労働時間で管理できない従業員に適用される制度である。この制度を実施するには、行政当局の承認を得るだけでなく、承認内容に従って実際に履行されていることが必要である。
 A社が提出した孟氏の勤怠記録および双方が認めた実際の労働状況によれば、孟氏は「週6日・1日7.5時間」の固定スケジュールで勤務しており、その勤務実態は、不定時労働制の特徴である「集中勤務・集中休暇」「ローテーション休暇」「弾力的な労働時間」に合致しない。さらに、A社の従業員管理システムには、孟氏の振替休日日数が記録されていた。
 したがって、孟氏には不定時労働制は適用されず、A社は、167.7日分の残業に対応する残業代の支払義務を負担する。

二審:
 残業代の支払義務について、労働基準法第36条は、「労働者の1日当たりの労働時間は8時間を超えず、週平均労働時間は44時間を超えてはならない」と定めている。同法第39条は、「生産上の特性により第36条・第38条(標準労働時間制度)の適用が困難な企業は、労働行政部門の承認を得て、他の労働・休息制度を実施できる」と規定している。したがって、日次又は週次での労働時間管理が不可能な場合に限り、行政承認を経て代替的な労働制度(不定時労働制等)を適用できる。
 本件において、上訴人(A社)は「企業特殊労働時間制度行政許可決定書」を取得し、48名の管理職に不   定時労働制を適用する権限を有していた。しかしながら、被上訴人(孟氏)の実際の勤務状況(上訴人自身が提出した勤怠記録および双方の認める事実)によれば、被上訴人は「週6日・1日7.5時間」という固定スケジュールで勤務しており、日次/週次での時間管理が明らかであった。上訴人は、労働者の休息を保障するための実効性のある制度を運用しておらず、不定時労働制は形式的に行政当局に承認されたのみであり、実質的には適切な労働管理が履行されていなかった。そのため、上訴人が不定時労働制を理由に残業代を支払わないとする主張は、認められない。

【コメント】

 本件の人民法院の判決は、不定時労働制の適用条件を明確にしただけでなく、会社が労働時間管理を適正に行う上で重要な法的指針も示しました。会社が雇用管理を行う際には、以下の点に留意しなければなりません。

一、労働時間制度の合法性を確保すること
 会社が事業上の理由により標準労働時間制(1日8時間、週40時間)を実施できない場合、労働行政部門の許可を得たうえ、不定時労働制又は総合計算労働時間制等のその他の労働・休息制度を実施しなければなりません。

二、残業代を適切に管理し、紛争を回避すること
 会社は、労働行政部門の承認を得て不定時労働制を導入した場合であっても、実際に不定時労働制に適合する労働管理が実施されていない場合には、標準労働時間制に基づき労働者に残業代を支払う必要があります。


参考資料:
1、【一審案号:(2014)和民二初字第0948号】
2、【二審案号:(2015)一中民一終字第0686号】

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