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(中国労働法)秘密情報に接点のない従業員に対して競業避止義務を課すことができるか

人事労務

2025.11.05

執筆者:弁護士 森進吾
    フォーリンアトーニー 张婧婧
    フォーリンアトーニー 夏惜墨

 営業秘密の保護は、各企業にとって重要性の高い問題であり、その保護手段の一つとして、従業員との間で競業避止契約を締結する方法があります。ただし、退職後の競業避止義務は、労働者の再就職の自由に制限を課すものであるため、中国法上、競業避止義務を課すためには一定の条件があり、例えば、その対象者は、「高級管理職、高級技術者及び秘密保持義務を負うその他の者」と定められています(中国労働契約法24条)。

 この点、中国の雇用契約書においても、多くの場合、秘密保持義務に関する条項がひな型契約書の条項として設けられています。もっとも、このようなケースにおいて、当該雇用契約書を締結した従業員全員との間で、退職後の競業避止義務を定めることができるかという解釈上の問題が存在します。

 この解釈上の問題に関して、本コラムでは、競業避止義務が無効とされた労働仲裁事案を取り上げてご説明します。

【事案の概要】

 ある警備会社(以下は「A社」という。)は、商業ビルや住宅コミュニティに対する警備サービスの提供を主たる業務としていた。2019年3月、A社は李氏を警備員として採用し、月給3,500元、契約期間2年の労働契約を締結した。労働契約では、李氏の主な職務は特定の商業街区における日常的な巡回警備であると定められるとともに、競業避止条項が設けられていた(秘密保持義務条項も定められていたと考えられる。)。これらの条項には、「当社との労働契約の解除または終了後1年以内は、当社と競合関係にある事業体に就職してはならない。退職後、当社は現地の最低月額賃金の30%を、競業避止の経済補償として毎月支払う。上記義務に違反した場合は、20万元の違約金を支払うものとする」と規定されていた。

 2021年3月、契約期間の満了により労働契約は終了し、李氏は、契約を更新せず、その後、別の警備会社に警備員として入社した。

 これに対してA社は、李氏の行為は競業避止条項に違反すると主張した。他方、李氏は、自身は単なる警備員であり、会社の営業秘密を知り得る立場にはなかったことから、競業避止義務の適用対象には当たらないと主張し、仲裁委員会に対し、仲裁を申し立てた。

【裁決結果】

 A社の仲裁申立てを棄却。

【事案分析】

 本件の争点は、李氏が競業避止義務の履行主体として適格であるか否かにある。

 中華人民共和国労働契約法第24条第1項は、競業避止の対象者を「会社の高級管理者・高級技術者・その他の秘密保持義務を負う者」に限定しているところ、「高級管理者・高級技術者」以外の一般の労働者と競業避止義務を定めるためには、その職務や地位に照らして営業秘密や知的財産に関する秘密事項に接する可能性があることが前提となる。

 本件では、李氏の主な職務は日常的な巡回警備であり、この職務内容からして、A社の営業秘密や知的財産に関する秘密事項に接することは困難であったといえる。また、A社側も、労働仲裁手続において、李氏が営業秘密等に接していたことを示す具体的な証拠を提出していない。

 したがって、李氏は競業避止義務の履行主体として適格であるとはいえず、李氏との間で締結された競業避止条項は、労働契約法第24条に定める対象者要件を満たしておらず、両当事者を拘束しない。

 以上により、A社による違約金の支払請求は、仲裁委員会において認められなかった。

【コメント】

1、本事案で問題になった解釈上の問題について、2025年8月1日に最高人民法院が公布した「労働争議事件の審理における法律適用問題に関する解釈(二)」第13条は、「使用者の営業秘密及び知的財産権に関する秘密保持事項を知得せず、かつ接触していない労働者が、競業避止条項の効力不発生の確認を請求した場合、人民法院は、法によりこれを支持する。」と定めています。

 この解釈に従えば、本件のように、営業秘密を接触する可能性のない従業員との間で、雇用契約書の中で競業避止条項を定めたとしても、当該条項は無効であると評価されることになり、今後の司法実務において、このような解釈がなされることが確立したといえます。

 そもそも、退職後の競業避止義務は、労働者の自由な職業選択を制限するものであるため、その実行(違反した場合の違約金の請求など)には慎重さが求められます。本件でA社が敗訴した原因は、競業避止義務条項を濫用し、一般の警備職にまで適用した点にあるといえます。原則として、真に企業の秘密情報を把握しているキーパーソンに限定して、退職後の競業避止義務を適用するという方針が望ましいです。

2、従業員は競業避止契約を締結する前提として、企業は、秘密保持規程などの社内規程を設けたうえで、保護する必要のある技術情報・経営情報などの営業秘密の範囲(例えば、特定の技術方案、製品配合、サプライヤー・顧客リスト、価格戦略等)を、できるだけ具体的かつ明確に当該従業員に対して明示しておく必要があります。同時に、秘密保持研修や書面確認等を通じて、当該従業員がこれら特定の情報に接した又は知悉している事実を証明し、その「秘密保持義務を負う者」としての地位を確定させる必要もあります。加えて、当該情報の内容や重要性を踏まえ、退職後の競業避止の範囲・地域・期間にも合理性が求められ、企業の実際の事業領域・競争区域と整合させ、無制限の拡大は避けるべきです。

3、可能であれば、従業員の退職時点においても、改めて、競業避止義務の範囲や期間について書面で明確に告知すべきです。そして、競業避止期間中は契約に従い、毎月の経済補償を現金で全額支払わなければなりません。更には、当該退職後の従業員に対して報告義務を課すことによって、競業避止期間中の従業員の就業状況の報告を求めることができ、抵触する競業の発生を防止し、企業利益の毀損を回避できる場合があります。

参考資料:
【人力資源社会保障部・最高人民法院「第四次労働人事紛争典型事例(その五)」】

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