執筆者:フォーリンアトーニー ドミトロ イゾトフ
人工知能(AI)技術の発展は急速なスピードで進んでおり、次々と登場する新しい AI アプリケーションが世界中のユーザーの注目を集めています。一方で、法律や各種規制などについては、こうした急速な進歩に追いつけておらず、AI と知的財産法の関係についても、依然としてガイドラインなどによる予測可能性が十分とは言えません。こうした状況の中、法律分野においては、英国の高等法院(the High Court of England and Wales)が下した初のAI関連判決(Getty Images (US) Inc and Others v Stability AI Ltd [2025] EWHC 2863 (Ch))が注目されています。
以下に、その概要をご紹介します。
【紛争の概要】
原告は、人気のある写真素材を提供するサービスであるGetty ImagesおよびiStockブランドの運営企業グループであり、何百万もの画像、動画、その他のコンテンツをライセンス提供しています。インターネット検索をすれば、原告の特徴的なウォーターマーク付き写真を容易に見つけることができます。このサービスは、20年以上にわたり、膨大なコンテンツライブラリを蓄積し、クリエイターや利用者から信頼を得てきました。
一方、被告であるStability AI Ltdは2019年に設立された比較的新しい企業ですが、急速に AI 業界で影響力を持つ存在となりました。同社の主力製品である Stable Diffusion(以下「モデル」という)は、テキストから画像を生成するAIのディープラーニングモデルです。
2023年の前半、原告は、被告が許可なく膨大な著作物を原告のウェブ上から収集し、AIモデルの学習に使用したとして高等法院(以下「裁判所」という)で訴訟を提起しました。原告によれば、これは著作権侵害に当たるだけでなく、被告のAIモデルが折々 Getty ImagesやiStock のウォーターマークに類似した画像を生成する点も問題としていました。また、被告がこの学習済みモデルによるAIサービスを英国で提供および配布したことは、二次的著作権侵害(secondary infringement)に当たるとも主張しました。
【争点 】
本件は、企業や知財専門家が注目する次の重大な争点を含んでいました。
- AIモデルの学習において、原告の著作物を無断使用したことが著作権侵害に当たるかどうか?
- AIモデルを英国で利用可能にしたことが二次的著作権侵害に当たるかどうか?
- AIが生成したGetty ImagesおよびiStock風のウォーターマークが商標侵害に当たるかどうか?
AI の学習に関する点
各国著作権法はその対象国で適用されますので、英国著作権法(以下「CDPA」という)も、同法第57条により、著作権侵害は英国国内で行われた行為についてのみ成立します。したがって原告は、AIモデルの学習が英国で行われたことを立証する必要がありました。
しかし被告は、AI学習は米国にあるクラウド施設を通じて行われており、英国では実施していないとして却下(strike-out)および略式判決(summary judgement)申立てを提出しました。裁判所はその時点で被告の申立てを拒否しましたが、原告は最終的にAI学習が英国で行われていたことについて十分な立証ができないとして、この主張を放棄しました。その結果、訴訟の焦点は二次的著作権侵害と商標侵害の2点に絞られました。
二次的著作権侵害
CDPA第22、23条は、ある者が「著作権を侵害する複製物」である「物品」を英国に輸入、営業上保有、あるいは流通した場合、二次的侵害が成立すると定めています。そこで、AIの学習済みモデルがこのような「物品」および「侵害コピー」に該当するかどうかが争点となりました。
原告は、この点について広く解釈されるべきだとの主張を行い、AI学習済みモデルのような無形のものであっても、著作物を利用して生成されたものであれば「物品」に該当するとしました。また、AI学習中に著作物に繰り返し利用することで形成された学習済みモデルについては、それ自体が「侵害コピー」に該当すると主張しました。
これに対し被告は、「物品」とは有形のものに限られ、学習済みモデルは、著作物自体を保存しておらず、単に学習データのパターンや特徴を学習しているだけなので「侵害コピー」ではないと反論しました。
Joanna Smith裁判官は、無形のものも「物品」に相当するとしつつも、決定的な点については被告の主張を認めました。すなわち、「コピー」には複製行為が必要であり、「コピー」に該当すると言えるためには、一度でも著作物を保存または包含したことが必要であると判断しました。裁判官によれば、学習段階では原告の画像を利用していましたが、画像そのものを保存したことは一度もありません。そのため、学習過程で著作物を使用したとしても、完成したモデル自体が原著作物の侵害コピーとならないと結論づけられました。
商標侵害
次の争点は、モデルが折々生成するGetty ImagesかiStock風のウォーターマークが商標侵害に当たるかどうかという点でした。

原告は、英国商標法第10(1)条(同一標章)、第10(2)条(類似標章、混同のおそれ)、第10(3)条(著名商標の保護)を根拠として商標侵害を主張しました。
商標法第10(1)条および第10(2)条に対しては、裁判所は、モデルの初期バージョンについては、原告の商標と類似し、混同のおそれを生じ得るウォーターマークがいくつか(上記の日本庭園の画像を含めて)生成されていたと認めました。一方、改善された次期のバージョンでは、原告の商標と類似なウォーターマークが生成された証拠がなかったと判断しました。そのため、裁判所は新しいバージョンに対する商標権侵害の主張をすべて棄却し、侵害は初期バージョンに生成されたいくつかの画像に限られると結論づけました。
商標法第10(3)条については、原告は、モデルが生成するウォーターマークにより信用が損なわれ、被告が不当な利益を得たと主張しました。しかし裁判所は、原告が主張する信用毀損や不当な利益の取得を裏付ける証拠がないとして侵害は成立しないと判断しました。裁判所によれば、実際には同一または類似のウォーターマークが確認されたのは初期モデルの一部に限られ、大半は原告商標と大きく違っており評判に影響を与えるものではありませんでした。また、消費者の信頼が変化した証拠もなく、不当な利益についても裏付けがありませんでした。裁判所は、むしろウォーターマーク付き画像はユーザーにとって望ましくなく、被告はその問題を解消するために次期のモデルでフィルターを導入していたと認定し、この点からも原告の主張を棄却しました。
【結論】
AIと著作権の関係には、今日さまざまな論点が存在します。前回の記事では、AIが生成した作品に著作権が認められるかどうかという点を取り上げましたが、今回はAIが第三者の著作物を利用する場合の問題を英国法の観点から検討しました。
残念ながら、本判決は非常に長文であったにもかかわらず、実務上の指針として得られるものは多くありません。AI学習済みモデルの学習についての主張が途中で放棄されたため、AI学習済みモデルを、他人の著作物を学習することで作成する行為が、英国において著作権侵害となるかどうかという極めて重要な問題は結論が出ないまま残りました。
一方で、AIの学習済みモデルが著作権侵害コピーに当たるかどうかについて、明確な判断が示されました。判決は、学習済みモデル自体を「侵害コピー」とみなすことを否定しており、これはAI業界にとっては好意的な判断と言えます。しかしその反面、著作権者にとっては、大規模データ収集や学習に対してどのように権利を守ることができるかという点が、課題として残ることとなりました。
商標侵害については、本判決がその要件を明確に示しました。裁判所によれば、侵害を立証するために、生成画像が商標と同一または混同を招くほど類似している具体的な例を示す必要があります。また、信用毀損や不当な利益を主張する場合には、生成画像によって消費者のブランドに対する行動が実際に変化したこと、そしてAI企業が具体的な利益を得たことを裏付ける証拠が求められます。これらの要件を満たさない限り、商標法上の侵害は認められません。
今後も各国でAIに関する訴訟が増えることが予想されます。どの国の裁判所が最初にこの複雑な問題について明確な指針を示すのか、弊所は引き続き注視していきます。
- 東京、福岡、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、ハノイ、ダナンの世界8拠点から、各分野の専門の弁護士や弁理士が、企業法務や投資に役立つ情報をお届けしています。
- 本原稿は、過去に執筆した時点での法律や判例に基づいておりますので、その後法令や判例が変更されたものがあります。記事内容の現時点での法的正確性は保証されておりませんのでご注意ください。

