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EUの「修理する権利」(Right to Repair)指令が日本企業に突きつける課題と実務対応

国際ビジネス

2026.03.24

執筆者:弁護士・弁理士 田中雅敏

 2024年7月10日、「物品の修理を促進する共通規則に関する指令」(指令(EU)2024/1799、以下「本指令」)が公布されました。欧州議会で584票対3票という異例の多数で可決されたこの指令は、2026年7月31日までに全EU加盟国が国内法に移行(トランスポジション)し、同日から適用されます。本稿では、残り4ヶ月余りに迫った現時点において、日本企業が直ちに対応を開始すべき理由と具体的な実務対応について解説します。

■ 指令の核心——「修理する権利」とは何か

 本指令の中核は、製造事業者に対する修理義務の創設です。消費者が法定保証期間の満了後においても製品の修理を要請した場合、製造事業者はこれに応じなければなりません(第5条第1項)。義務を課される製品は現時点では、家庭用洗濯機・食器洗い機・冷蔵庫・電子ディスプレイ(テレビ・モニター)・掃除機・サーバー・スマートフォン・タブレット端末等の附属書II記載の製品群であり、エコデザイン規則(Regulation (EU) 2024/1781)により修理可能性要件が既に設定されている製品が対象となります。この対象リストは欧州委員会が委任立法によって随時拡大できるため、将来的にはほぼ全ての耐久消費財が射程に入る可能性があります。

 製造事業者はまた、修理義務の存続期間中にわたって、スペアパーツおよび修理ツールを修理を妨げない合理的な価格で第三者修理業者に提供し(第5条第4〜5項)、典型的修理の概算価格をウェブサイトで公開し(同第5項)、修理サービスに関する情報を容易にアクセス可能な方法で無償提供しなければなりません(第6条)。修理義務の存続期間は、スマートフォンで製造終了後少なくとも7年、大型家電で10年程度が目安とされています。さらに、ソフトウェアアップデートによる修理困難化や独立修理業者が作成した3Dプリント部品等の使用を(技術的・契約的に)妨げる行為は、知的財産権保護等の正当な理由がない限り明示的に禁止されており(第5条第6項)、過去の修理歴のみを理由とした修理拒否も禁じられています(同第7項)。

■ EU域外の日本企業への適用——段階的責任規定

 本指令の重要な特徴は、製造事業者がEU域外に設立されている場合の段階的責任規定です(第5条第3項)。EU域内に認定代理人(Authorized Representative)が存在する場合はその代理人が、代理人が不在の場合はEU域内の輸入事業者が、さらに輸入事業者も不在の場合はEU域内の流通事業者が、製造事業者に代わって修理義務を負います。すなわち、EU向けに製品を輸出している日本企業は、たとえ日本国内に留まっていても本指令の義務から逃れることはできません。認定代理人や輸入業者との契約では修理義務履行に関する責任分担を明確に規定しておく必要があり、これを怠ると、EU現地パートナーとの深刻な紛争リスクを招くことになります。

■ 違反時のリスク——行政罰・民事責任・集団訴訟

 本指令の違反には複数の法的リスクが伴います。第一に、第15条は加盟国に対し「実効的・比例的・抑止的(dissuasive)」な罰則の制定を義務付けており、ドイツをはじめ各国は制裁金制度の整備を進めています。罰則金額は各国法に委ねられていますが、GDPR等の罰則水準を参照すると、大企業に対しては相当高額となる可能性があります。第二に、消費者からの民事上の修理強制履行請求・損害賠償請求が生じ得ます。第三に、改正指令(EU)2020/1828(代表訴訟指令)に基づき、消費者団体がEU全域で集団的代表訴訟を提起できる点は特に注意が必要です。さらに、ドイツの実施法案(草案)は修理不可能な製品の設計を民法上の「物的瑕疵(Sachmangel)」と定義しており、B2B取引を含む全ての売買契約において瑕疵担保責任が問われる可能性があります。

■ 日本企業が今すぐ着手すべき実務対応

 第一に、自社製品が附属書IIの対象であるか否かを直ちに確認し、今後の対象拡大も見越したリスクアセスメントを実施することが必要です。第二に、製品設計の見直しです。修理可能性を前提とした設計、ソフトウェアによる修理障害の排除、独立修理業者への部品・技術情報の開放を設計思想の段階から組み込む必要があります。第三に、スペアパーツの長期保管体制の確立です。製品終了から7〜10年間のスペアパーツ在庫管理は、サプライチェーン全体の再設計を要する大規模プロジェクトとなります。第四に、EU域内の認定代理人・輸入業者との契約の見直しです。修理義務の履行責任と費用負担の明確化は、今後の取引交渉の焦点となります。第五に、情報公開体制の整備です。各国語によるウェブサイトへの修理価格表・サービス情報の掲載が2026年7月31日までに求められます。

 本指令への対応は、単なる法令遵守にとどまりません。EUの消費者・規制当局の考え方としては、「修理できる製品を作り、修理を支援する企業」というものです。対応の遅れは市場からの排除のみならず、EU市場における企業ブランドへの深刻な打撃となり得ます。

 一方で、本来、日本の文化では、「もったいない」という精神に基づき、「長く使える製品」を作り、長期間経過しても「修理」を行い、廃棄した場合はこれを引き取って再利用できるものは再利用するというエコシステムが形成されていたといえます。そうした日本的なアプローチは、今後のEUにおける製造業において、重要な視点となるといえます。

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